第0.5部第12話
13号地のチームに打ち勝ち、ハールにも勝った事で、今度は最高速に耐えられる様にクラッチとデフを強化する。
トリプルプレートクラッチに交換し、どんな出力アップにも耐えられる様にする。
クラッチディスク(プレート)が2枚ならツイン、3枚ならトリプル。
クラッチディスクは、エンジンの出力をダイレクトにトランスミッションに伝達しなくてはいけない。
だからエンジンの出力が上がると、それに対応するためディスクも大きくしないとうまく伝達できなくなる。
しかし大きくする、つまり直径を大きくすると重くなるし、回転レスポンスも悪くなるし、重心も高くなる。
だから直径を小さくしてその分容量を増やしたのが多板クラッチだ。
それと同時に令次自身も、連の教えでクラッチを踏めるようになるため、足の筋トレに励むことに。
バイト先や医大に行く時でも、なるべく早めに出て、公共交通機関を使わずにジョギングをしながら通学・通勤だ。
人間のカスタマイズも必要になるのだ。
湾岸線は開通したばかりなのか、あまりカスタマイズされた車が居ない。
1つだけ、中国人だけのダッジバイパーだけのチームがあったが、全員が加速重視の仕様と言う別の意味でとんでもないチームだった。
このエンジンパワーとギア比、そして強化したクラッチにボディでは、後は特に苦労するライバルは居なかったので、何だか拍子抜けした令次だった。
湾岸線下りで、5日かけてRX−7だけのチームとダッジバイパーだけのチームを倒し、意気揚々と令次は湾岸線を流す。
すると後ろからパッシングの光が…。
ミラーを見ると、緑色の見慣れない車が1台。
(ん? 不思議な車だな? やけに全高が低い……それにこの音は、ロータリーエンジン?)
ロータリーエンジン独特の音が聞こえてくる。
この車はおそらく、ハールの言っていた「尊敬するドライバー」であり、湾岸線のミドルボスなのだろう。
ハザードを点灯させてバトルスタート。相手の加速は…。
(……凄い!)
ヒュンと右に出てきたかと思えば、すさまじい勢いで加速していく。しかもそのスタイル、全然見たこと無い車だ。
何とか引き離されないように、必死にスリップストリームに入って食らいついていく。
(加速が凄い。少しでもハンドル操作をミスったら即クラッシュだ!)
ぎゅっと令次はハンドルを握りしめ、謎のロータリーマシンに食らいついていく。
しかし。どうやら相手の車は加速重視のセッティングだったようだ。
320キロを超えた辺りでスピードが伸びなくなってきた。それが令次に自信を取り戻させた。
(あれ? 向こうのスピードが伸びない……よし、俺の方が速い!)
スリップをギリギリまで使い、相手の後ろから飛び出してオーバーテイク。
すると相手はゆっくりゆっくりスローダウンしていった。
(ふう…なんて加速するんだ、あの車は…)
PAまでクールダウンのためにR34を流すと、やはり後ろの謎のマシンも辛かったのだろう。数分経って、遅れてPAに入ってきた。
そして中から降りてきたのは、ロン毛が印象的な男だった。
「よう…あんただろ? ハールを倒したR34って」
「はい、ハールさんから話は聞いています。あなたが…」
「ああ、あいつも照れくさいこと言ってくれるよなー。俺は橋本 信宏(はしもと のぶひろ)。もともと俺、レーサーだったんだけどな…。
F1シートまでもう少しだったのに事故で断念して、数年間腐っていたんだ」
「うわ…それは…」
しかし、信宏は首を横に振る。
「そんな俺に勇気を与えてくれたのがハール、だな…。それと俺、今、その事故の体験談を小説にしてるんだ。
新人賞に応募しようと思ってるんだけど、もし受賞したら見てみてくれよ。
…それとあんた、速かったぜ。それじゃまたな!」
令次に負けたことで何かが吹っ切れたのか、最高の笑顔で去って行った信宏であった。
そして湾岸線のゾーンボスとやる前に、サスペンションをレース用の物に変更する。
アッパー部をピローボールに変更し、きめ細かいセットアップが出来るサスペンションキットを装着。
軽量化と高性能を実現した、ニスモ製のサスペンションだ。
そして更にギア比を最高速重視にセットアップし、限界ギリギリの330キロまで引き上げる。
沢村曰く「これ以上出すと、6速全開まで回らない」そうだ。
そして大黒パーキングから、令次は湾岸線を上り方面にひた走る。
最高速が330キロともなると、もう目がついていかないのが実情。さすがの令次も、アクセルを踏むのを若干躊躇してしまう。
これはゲームの世界ではなく、現実の330キロなのだ。
(こ、怖っ!!)
黒のR33GT−Rがリーダーのチーム、そして紫のNSXがリーダーのチームをあっけなく倒したまでは良かった。
そしてゾーンボスが出てきたが…何と、令次と同じR34GT−R!
色は令次の青と対極的な、赤色ではあったが。
外観も派手なエアロパーツが取り付けられ、パッシングの時に横浜製のアルミホイールが横に並びかけて来た時にチラッと見えた。
だが走りは派手な外見に似合わず、ものすごい速い。アザーカーの間を華麗に縫っていくように走って行くその走り。
令次も食い下がるが、それでも少しずつ引き離されていく。
(速い…引き離される!!)
少しずつ、でも確実に視界から消えていく赤のR34を見ながら、令次ははアクセルから足を離そうとした。
しかし、令次はここで自分を奮い立たせる。
(いや…まだ勝負は終わってない!)
330キロ出るなら、そこまでしっかり踏み切らないとダメだ。首都高最速になるとはそう言う事だ。
アクセルをぐっと踏み込み、更に令次は加速する。
メーターは完全に振り切れているため、後付のデジタルメーターで速度を確認。
(320…325…まだ行くか!!)
確実に大きく見え始めた赤いR34のテールランプが、令次を勇気付ける。
SPゲージは減り続けているが、その減り具合も小さくなってきた。
(まだ…まだ終わってねぇ!)
この状況になれば、追う方の心理が圧倒的に有利だと断言できる。
目の前に、まるで停まったパイロンのごとく向かってくるアザーカーを避け、赤いR34に接近していく青のR34。
そして…。
(…よっし! よっし! 抜いた!)
だがまだ油断は出来ない。抜いたからと言っても、まだ勝ったわけでは無い。目の前の状況をしっかりと目で見つめ、胴体でR34を操る。
もしアザーカーにぶつかりでもしたらバトルに負けるだけではなく、令次自身の人生も終わりだ。
ハールの時と同じ展開だが、徐々に走っていくうちに、この高速バトルにも慣れてきた。
じりじりと相手のR34のSPゲージは削られ、ついにゼロに達した!
(……よっ…しゃあああああああああああ!!)
クールダウンに入る為、慎重に、丁寧にスピードを落とし、暴れるR34の挙動をハンドルとブレーキで押さえ込む令次。
この瞬間、緊張の糸が緩み令次はこの高速バトルに勝った事を実感していた。
(はぁ…やっと…湾岸線も終わった…正直怖かった…)
だが、本当の地獄はここからだった。R34を休ませようとPAに入った令次だったが、さっきの赤いR34も入って来たのを見かけた。
(あれ? さっきの…)
それはそうだろう、あれだけの超高速バトルをやってきたのだから、クールダウンさせなければ。
しかし…令次は次の瞬間、自分の目を疑う事になる。
その赤いR34のドライバーを見てびっくり。某ロボットアニメの、赤い機体の搭乗主のコスプレをしている。
更にこっちに向かって歩いてきた。
(頼む…こっち来るな!)
令次の表情は変わらないが、内心では今すぐにここから逃げ出したい。真っ先に逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
だがそんな令次の思いとは裏腹に、コスプレ野郎に話しかけられた! 最悪だ!
「どうしたあんた? 表情が暗いぞ?」
それはあんたのせいだよ、と言いたくなったが、言っても仕方ないので令次は冷静に流す。
「……いえ、大丈夫です。さっきはどうも。宝坂令次です」
「令次…ね。俺は白井 永治(しらい えいじ)だ。湾岸線のゾーンボスをやってるよ。よろしくな。ところで聞いて欲しいんだが、ゼータについて……」
その後、PAでは4時間にも及ぶ某ロボットアニメの講義が永治から令次に行われた。
精神も体力も使い果たした令次は、疲労困憊のまま家に帰るのであった。