第0.5部第7話
真由美と出会った日から1週間と少し立って、沢村から令次達に車が届いたと連絡が入った。
早速連に迎えに来てもらい、途中で岸と合流し沢村のショップへと向かう3人。
そこに待っていた車は、スープラより排気量こそ少ないが、その代わり高性能な4WDシステムをつぎ込んだ、発売したばかりのマシンだった。
「ええ…これを令次が乗るの!? 僕だって乗ったこと無いんだぜ!?」
「俺も乗ってみたい気がするけど…でも、これを令次が乗るのか…ワクワクするな」
「本当に…良いんですか? 沢村さん」
「当然だ。これなら絶対に、カスタムすれば首都高のトップを狙える。湾岸線でも、横羽線でもな。
なんたって、レースに勝つためだけに生まれた車だぞ?」
目の前にたたずんでいたその車は、フルノーマルの青い、日産のR34スカイラインGT−Rだった。
しかも最上級グレードのVスペックだ。
「うえー、マジかよ。でも俺悔しく無いもん! R32はR32でもニスモだもん!」
「大丈夫か? 連…。いつか春は訪れるさ! うん、大丈夫だ!」
「訳の分からない慰めは俺、要らないんで、同情するなら金をくれ! …できれば米でも良い!」
強がってはいるが、内心では物凄く悔しい、R32GT−R乗りの連であった。
連と岸の出来の悪い漫才はさておき、令次は沢村からまずはノーマルで乗ってみろ、と提案される。
その上でRX−7に対抗するために、どうするか、ということを考える。
そこでやっぱり頼りになるのは、R32で首都高を制覇した連だ。
同じGT−R乗りとして、直接首都高サーキットで連の指導を受けることになった。
まずは連がR34に乗ってみて、どんな車なのか感覚をつかんでおく必要がある。
首都高サーキット、新環状線右回りへとやってきた連、令次、岸は、3人で走ることに。
連がR34を運転し、令次はその助手席へ。
岸はNSXでその前を走り、新環状線の走り方をゾーンボスとして教えることにした。
勿論直線では、いくらターボエンジンのR34とはいえ、直線のスピードを重視したカスタムをしてあるNSXには敵わない。
直線ではアクセルを抜いて後ろのR34を待ち、コーナーでは徐々に限界のスピードまで上げていく。
連はR34を運転する中で、R32と違う所を走りながらチェックしていく。
(トルクがあるな…しかも、R32よりも確かコンパクトなボディになったんだよな、R34って…。それから、
重たいエンジンを前に積んでるとは思えないほどの、この回頭性の良さ。すっげーな)
素直に感心し、岸のNSXの後ろについていく連。
(ブレーキもよく利くし、アンダーステアもきっちり過重を前に載せてやれば、出にくくなってる。これなら確かに…)
湾岸のパーキングで2台は停まり、今度は令次が運転するように連が指示する。
「スープラとはあまり変わらないけど、ドリフトは出来ないと思ってくれ」
「は…はい」
「よし、じゃ出発」
再び新環状線右回りを、今度は令次が岸の後ろについて運転する。
その横で連は指示を令次に飛ばす。
「いいか、コーナー進入では嫌ってほど加重を乗せるんだ。スープラは多少アンダーが出ても、
パワーオーバーに持ち込むことが出来るけど、R34はそうじゃない。
アクセルを踏んだらアテーサが利いて、FRから4WDになっちまう。だからまずはしっかりアンダーを殺すんだ!」
「は、はい!」
湾岸線から台場戦へと行くために分岐を左へ入り、上りの直線から高速右コーナー。
NSXのブレーキングより早めにブレーキングし、しっかり前荷重を残す令次。
「よし、アクセルはまだ踏むなよ…まだ…まだ…」
アクセルを抜いていればタイヤにパワーが伝わらないため、アテーサは機能しないのでFRのままだ。
その旋回性能を活かして、まずはしっかりコーナー出口にノーズを向ける。
そしてコーナー出口にノーズが向いた瞬間、アクセル全開だ!
「よし、アクセルを思いっきり踏め!」
「はい!」
きっちりアウト・イン・アウトで右コーナーを曲がったR34は、NSXに対して立ち上がりで少し差を詰める。
立ち上がりではアクセルを踏み込むので、FRから4WDへと駆動方式が変わり安定する。
パワー全開で立ち上がった時に、アテーサが車を安定させてくれるのだ。
「よし、良い感じだ!」
「やった…!」
「この調子で、がんばって岸について行って見ろ!」
「はい!」
アンダーが出るより早めのブレーキ、向きをしっかり変えて立ち上がり重視のコーナリング。
これこそが4WD車の基本的なドライビングだ。
そして1週間後。この調子で走り込みを繰り返し、今度はR34にカスタマイズをする。
まずはパワーアップをすること。それからそれに耐えられる足回りとボディを作り、高速域で安定するためにエアロパーツも取り付ける。
しかしいっぺんにやってしまっては、令次が乗りこなせない可能性があるので、まだライトカスタム程度だ。
「今はまだ、600馬力も要らない。420馬力ぐらいで十分だろう。それにエアロパーツもまだフルエアロにする必要は無い。
ブレーキの強化に、回頭性を良くする為に軽量なボンネットに変える。今の所はそれぐらいか。
軽量化は考えてみたんだが…まぁ、バケットシートを入れるくらいで良いかな。あまり軽量化をしすぎると、かえってバランスを崩すことにもなるし」
という訳で、生まれ変わった…と言っても外見的には何も変わっていないR34。
ブレーキの強化をしたので、コーナーの突っ込みに少しだけ安心感が出てきた。
それから立ち上がりの加速、直線のスピードの伸びも全然違う。6速全開まで回したときに300キロ出るようにもなった。
湾岸線のPAで再び3人が集まり、それぞれ感想を述べる。
「かなり良い感じですよ、連さん」
「確かに…300キロ限界まで踏み切れるコースは、走っていて気持ちが良いな」
「僕のNSXに直線で追いついてくるなんて、信じられないよ」
だがその時だった。入り口の方から独特のエンジン音が3人の耳に飛び込んでくる。
「あれ? この音って…」
「ロータリーエンジン…ですよね?」
「ま、まさか…俺が負けた…」
そのまさかであった。入り口の方から現れたのはまさしく、連と令次が負けたあの白いFD3S・RX−7だった。
そのRX−7は3人の目の前で停まり、中からは再び孝司が降りて来た。
「よぉ。また会ったな?」
「あんたは…市松孝司だったか?」
「ああそうだ。この前の白いスープラ、あれはそこにいる黒髪の奴らしいな?」
そう言って孝司は、連の後ろに居る令次を顎で示した。
「…何故それを知っている?」
「白いスープラの話は有名だったんだがな。ずいぶん派手にクラッシュしたみたいだけど、平気かよ?」
令次は安否を問われ、多少どもりながらも答えた。
「は、はい、大丈夫です」
「そーか。ならよかった。今はR34に乗り換えたのか…」
そのR34を見て、孝司の目つきが変わる。
「なら丁度良いか。スープラの時と比べて、面白いバトルが出来そうだ。…俺と勝負しろ!」
孝司はきりっ、とした表情で、令次に向かっていきなり挑戦状を叩きつけた。
「え…い、今ですか?」
「そうだ。都合が悪いのか?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね…」
令次、岸、連の3人は孝司から離れ、作戦会議を始める。
「ちょ、本当に大丈夫なのかよ? あのRX−7、連を打ち負かすほどだから結構速いぜ?」
「そうだよ…でも、俺は元々あいつを倒すために、令次を育ててきたんだからなぁ…」
「RX−7って低速のトルクが無い分、中間加速は物凄いだろうから、何とかそこら辺はブロック勝負だろうよ」
「そ、それに…令次はあいつの走り、1回見てるよな?」
「ええ…RX−7はコーナーが速いですね」
「でも…今回はコーナーなんて無い、13号地の勝負だろ? 折り返しは狭いからブロックできるし…何とかなるかもしれないな」
「僕も賛成。連と2人で後ろから、NSXで追いかけるから」
という訳で、13号地のジャンクションで折り返した所で、孝司がパッシングをし、令次が先行でスタートすることになった。
最初は加速で少し、令次のR34が孝司のRX−7を引き離す。
しかしやはり、岸の読みどおり中間からの加速が凄かった孝司のRX−7。
令次は事前にそのことを聞いていたので、R34の大きいボディを巧みに操りRX−7をブロックしていく。
ミラーに映るRX−7のヘッドライトを見ながら、右に左にボディを振って、孝司のラインを先読みしてブロックする。
(悪いけど、俺ももう負けるわけには行かないんだよな!)
(くそう…ブロック作戦かよ!)
孝司は前に出たくても、ガッチガチにブロックしてくるR34にイライラしている。
後ろにいる孝司のSPゲージは少しずつではあるが、確実に減っていく。13号地を駆け上がって環状線に入る頃には、もう警告音を発していた。
(まずいな…このままじゃ、負ける!?)
このままでは負けるので、何とかして前に出ないといけない孝司。目の前に迫る汐留S字で勝負を仕掛ける!
後ろから見ている岸と連は、この先の展開を予想する。
「汐留S字での、突っ込み勝負か?」
「そうだな。孝司のSPはもうきついはずだ。軽い俺のR32ならまだしも、R34は軽量化していない。そこで孝司がどう仕掛けてくるかだな」
「ああ。R34の立ち上がり加速と、RX−7のコーナリング性能…どっちが勝つのかな」
汐留S字で孝司は左コーナーのイン側から並んでいく。しかし令次もアウト側で、重いR34なのにブレーキを遅らせる。
2台併走したまま、令次は無謀とも言えるオーバースピードでの突入を敢行する!
この状況下でのラインの奪い合いは、左コーナーで外側になる令次が圧倒的に不利である。
接触してバランスを崩せば令次はアウトに流され、即壁に激突して木っ端みじんだ。
(おいマジか! もし俺がアウトに吹っ飛んだら、俺もろとも吹っ飛ぶぞ!?)
孝司はそのラインの奪い合いに一瞬、アクセルを抜いてしまう。
令次は退いたRX−7を横目で見ながらもう1度フルブレーキし、右へ切り返す。
リアが暴れだすが、そこで令次はR34のアテーサシステムを活かして、アクセルオンで4WDに駆動方式を変える!
そしてアウトにやや膨らんだR34を、思いっきり前へ押し出す!
(よっしゃあああああ!!)
(ざ…けんなあああああっ!!)
孝司は少しずつ前へ出て行くR34に対して食い下がろうとするが、そこで駆動方式の違いが命運を分けた。
ハイパワーなRX−7は、コーナー立ち上がりでハンドルを切り込んだままアクセルをオンにすると、オーバーステアになってしまう。
アクセルオフのまま、右から前に出て行くR34をただ、アクセルペダルに置いた足を震わせながら孝司は見ていることしかできなかった。
(……ダメだ、踏めねえ! 負けたぁ…!)
近くの出口で下り、3台は路肩に停車した。
孝司は令次に、あそこのコーナーの突っ込み勝負で自分が狙っている事を知っていたのか、と尋ねた。
「あそこは俺が来る事、知っていたのか?」
「まぁ…何となく、ですけど」
「は、そーか」
すると孝司が、今度は3人に対し驚きの発言をする。
「だが…俺だってこのまま負けっぱなしじゃ終われ無い。良い弟子なのは確かに認めるが…俺は渡米をしようと思う」
「アメリカに…ですか?」
「ああ。向こうで少し、腕を磨いてくる。アメリカの走り屋はパワフルなエンジンを乗せた車の奴ばかりだ。
そこでRX−7で、どれだけ敵うのかを確かめてくる。
だから…次に会った時は、ぜってー、負けねぇ! 俺は必ずビッグになって、今度は令次、そっちが泣きを見る番だぜ!」
そう言い残し、RX−7に乗り込んで孝司は首都高サーキットを去っていった。
…確かに自分は、最速の称号を手にした。
…しかし、首都高の流れはまるで変わらず
休むことなく、廻りつづける…。
…何か、いる。未だ目にしたことのない何か。
自分を駆り立てる何かが、潜んでいる…。