第0.5部第1話
…誰が言い出したわけじゃない
既にそれは存在していた
深夜の首都高
それを取り囲むように出現するいくつもの敵
そしてそれを率いるHEADたち
…そして闇の流れの全てを統べるモノ
謎のS30Zと、連とのバトルから時は流れ、2000年、3月。
名実共に首都高速…と言っても環状線だけだが、トップになった椎名 連。
「彗星のごとく、首都高に現れた紫のR32」ということで「パープルメテオ」というあだ名までついた。
もう少し…あと1ヶ月で環状線以外のコースがオープンする予定だ。
連はというと日々、環状線で腕を磨いていた。
そして何故か、「夢見の生霊」こと岸 泰紀も一緒に磨いていた。
何でも「最速ラップを連に奪い取られたので、今までより倍の時間を割いて取り返してやる!」ということらしい。
その為に今までの派手なエアロと赤いステッカーをはがし、ノーマルっぽくして
最高速を上げる手段に出たが、今の所そのラップタイム更新という目的は達成されていない。
「だぁぁーーーー!! また僕の負けかぁぁぁぁ!!」
「惜しかったな」
環状線では軽いNSXが有利な筈なのに、いくらブレーキを遅らせて、コーナー立ち上がりで
アクセルを開けても、連に後もう少しの所で届かない岸。
3回目のタイムアタックバトルも、連の勝利で幕を閉じた。
「しかし、あんたも暇だな。殆ど毎日俺の前に現れては、勝負挑んでくるなんてよ」
「だって悔しいじゃん、僕だってNSX乗ってる以上、負けられないからさ」
当然、新しい所が開通したら真っ先に2人は走りに行くつもりである。
だが、3月も中盤に入った頃。首都高に出向いた連と岸の前に、新たなライバルが迫ろうとしていた。
いつものように首都高サーキット入り口に出向くと、何と「臨時メンテナンス中」の看板。
「あれ? やってないのか?」
「マジかよ。どうするよ、連」
「どうもこうも、これじゃ諦めて帰るしかなさそうだな。…ん?」
その時、2人の耳に独特のエンジン音が聞こえてきた。
「これって…ロータリーエンジンか?」
「そうらしいな…由佳かな」
しかし、岸のその読みは外れた。目の前に現れたのは、BOMEXエアロの白いFD3S・RX−7だった。
「見た事無い車だな…岸は?」
「いーや、僕もさっぱり。初めて見る車だけど、何だかカッコだけっていうか…」
事実、フルエアロの車で速いのを見たのは10台〜20台。後は殆どが見かけ騙しの奴らばかりだった。
このRX−7はどうなのだろうか。
RX−7は岸と連の前で停まり、降りてきたのは茶髪が印象的な男だった。
「へぇ、話は本当だったみたいだな。ここに来れば最速になった奴に会えるとか言ってたけど、来て正解だったぜ」
「…何だ、あんた?」
連の問いに男は答える。
「俺は市松 孝司(いちまつ こうじ)。沢村工房ってショップのオヤジから噂を聞いて、来てみたんだ。
…んで? 椎名 連って奴はどっちだ?」
どうも連は、この男は自分に用があるらしいと悟り、素直に答える。
「俺…だけど、何か用か?」
「へぇ、あんたがな。確かにGT−Rに乗っているんだな。…どうだ、俺と一発バトルしないか?」
しかし、連は首を横に振って看板を指差す。
「…いや、無理だろ。だって今日はこれだぜ?」
が、孝司は2人に向かってぐっと親指を立てる。
「それは知ってる。俺も帰ろうかと思っていたが、あんたに会えたのも何かの縁だ。ここじゃなくて、別の所でならどうだ?」
「別の所?」
岸がいきなり口を挟むが、孝司は気にもせず続ける。
「ああ。良く俺が走っている所があるんだが、そこでならどうだ? 勿論練習の時間はとる。
練習もなしにいきなりぶっつけ本番じゃあな」
「ちょ…ちょっと待てよ。お前いきなり何だよ。まだ連がOKして…」
しかし、孝司は岸のその言葉に舌打ちをしたかと思うと、いきなり胸倉をつかんだ。
「あ? 『お前』って何だ、『お前』ってよ! 俺そう言う呼び方されるのが、すっげームカつくんだよ!」
「うぐ…」
だが、そこに連が割って入る。
「ちょ…悪かった、勘弁してやってくれないか? こいつこういう奴だから…」
「ほー、そーか。なら忠告しておいてやるよ。次に『お前』なんてなれなれしい口利いたら、ぶっ飛ばすからな」
孝司は岸を思いっきり突き飛ばし、連との会話を再開。
「それで、どーすんだ? やるのかやらねーのか」
「…わかった、いいだろう」
せっかく会えたのだ。やらないよりはましだろう。
そして連は岸についてくるように促した。
「一緒に来てくれ。勝敗を見る奴がいないと…」
「ああ、わかったよ」
連と岸が孝司のRX−7に先導され、やってきたのは湾岸線方面の一角にある港。
ここはもう使われなくなった倉庫が立ち並んでいるが、まだまだ取り壊すには時間があるという。
「ここはクランクで構成されたコースだ。R32には直線で負けるかもな」
孝司がポツリと呟き、連に2時間のプラクティスの時間を与えた。
そして何故か岸も一緒に走ることに。首都高サーキットを走れない鬱憤を晴らすためだとか。
「ったく、首都高走れないなんて、せっかく時間割いてきたのによ」
事前にコースマップが連に手渡されたが、岸には手渡されていないので連の後ろについて走ってみる事にした。
走ってみた2人の感想は、どことなく環状線内回りとリズムが似ている、ということ。
直線、コーナー、また直線…ハイスピードコースの環状線からしてみれば、確かに出せるスピードの上限は
限られているものの、直線とコーナーの間の、アクセル全開に出来る時間が良く似ているのだ。
勿論、それが合わない所もあるが。
「連、どうだった?」
「何ともいえないな。GT−Rには少しきついかもな…向こうはコーナーが速いRX−7だ」
「…まさか…」
岸は、もしかしてあの孝司と言う男が、自分有利になるようにここを選んだのではないか…と考える。
しかし、連は涼しそうな顔をしていた。
「大丈夫なのかよ? このバトル、勝てるのか?」
「どうかな…でも、俺が首都高に最初乗り込んだ時だって、コースに慣れていなくて負けた事が何回もあったからな。
向こうがどういう走りをしてくるかにもよるけど」
更に連は走り込みを続け、いよいよ約束の時間が来てしまった。
「よし、そこまでだ。始めようぜ?」
「いいだろう。このコースマップに沿って走るんだな?」
「ああ。向こうで折り返して、先に戻ってきたほうの勝ちだ」
R32GT−RvsFD3S・RX−7。因縁の対決がまたもや、始まろうとしていた。
カウントは岸が入れる。
「行くぞ…3,2,1、GO!」
手が振り下ろされ、バトルスタート! 最初は軽いRX−7が一瞬飛び出したが、すぐに4WDの加速力で
連のR32が抜き返して先行していった。
(よし、もらった!)
(ちっ、やっぱりスタートは向こうか!)
最初は長い直線だが、すぐにまずは右コーナーがやってくる。ここでのブレーキングで孝司が一気に差を詰め、
R32のテールに張り付かんばかりの勢いで突っ込む。
(おらおら、どうした?)
右コーナーで一気に差を詰める孝司のRX−7。さらにその後のシケインでぴったりテールトゥノーズ。
そして次にやってきた右コーナーで、プレッシャーからアンダーを出した連のR32をインからすぱっとパス!
(ぬ、抜かれた!?)
あっさりインからパスされた連は驚きを隠せない。相当相手のRX−7はコーナーが速いと予想。
3速にシフトアップするが、その後はすぐ左コーナーが来るので2速にシフトダウン。
次の右コーナーではぴったりRX−7の後ろに張り付き、その後の長い直線でアクセル全開!
パワーはR32の方が上らしく、スリップストリームも使ってぐんぐん差が詰まっていく!
(ここでオーバーテイクだ!)
直線でR32がRX−7を追い抜き、次にやってくるのはきつい右ヘアピン。
ここでしっかりブレーキングしないと、壁に向かってすっ飛んでいき自滅、と言う結果になってしまう。
R32は早めにブレーキングし、アンダーステアをしっかり殺すが…RX−7は軽さを活かして突っ込み勝負を仕掛ける!
(そこだ! あんたの弱点は…コーナーだ!)
またもや前が入れ替わり、RX−7が前に出た。そのまま少し長めの直線に入る。
(何故だ! 俺のR32は岸のNSXにも負けないコーナリングが出来ていたはずなのに! RX−7ってそこまでコーナーが速いのか!?)
事実、連は環状線で岸とタイムアタック勝負をしていた時は、岸のラップタイムを上回っていた。
だが、バトルとなると話は別。相手との駆け引き、冷静な判断力。
それを少し孝司が上回っているということだ。
バトルの方は後半のテクニカルセクションに突入。
R32はまた直線でRX−7を追い抜き、左の直角コーナーを抜ける。
次にやってきた左ヘアピン、右直角コーナーは何とかR32がRX−7をブロックしてクリア。その後の直線で少しだけ引き離す。
しかし次の右ヘアピンでは、ブレーキングのためにアウト側に寄ったR32のインに、RX−7がスパッと飛び込んでパス。
その後は今までよりコーナーと次のコーナーの距離が短くなり、RX−7が有利になる。
(よし…このバトルは俺が…もらった!)
連も必死にRX−7に喰らいついていくものの、じりじりと引き離されて行き、最終的に逆転できず
RX−7に先にゴールラインを通過させてしまうのであった。