第0部第9話


近くのランプで首都高を下り、そのまま下道で停車。すると遠くから重低音のエンジン音が。音のする方に連は振り向いた。

(この音は…)

さっきのピンクのスープラがやってきて、R32の後ろで停車した。中からは女が降りてくる。

「…あなたは?」

「裏四天王の百瀬 和美(ももせ かずみ)よ。よろしく。さすが永治君を倒しただけのことはあるわね」

やはり裏四天王だったらしい。しかもこの和美という女は、連より年上のようだ。

30代半ば…といった具合だろう。

「よ、よろしく…お願いします」


どうやら今の会話からして、あの某ロボットアニメの会話で自分を数日間うならせた

白井永治とは知り合いのようだ。

「あの人しつっこくてねー。顔を合わせるたびにあの機体はどうの、この機体はどうのって…。

私、そこまであのアニメシリーズ詳しくないからねぇ…詳しいのは長年やっている格闘技くらいよ」


「え?」

何と、おとなしそうな女だと思っていたが格闘技をやっているのだという。

「格闘技…やってるんですか?」

「ええ。私両親が12歳の時に死んじゃってね。それから孤児院で育ったんだけど、そこで偶然見た

格闘技の番組がきっかけで、格闘技をやり始めたのよ。ヨーロッパとかアメリカとかで、働きながらいろんな

格闘技を学んでね。映画のエキストラもやったし、スタントウーマンもやったし」

「と、ということは…」


今はアクションスターか、と思った連だったが、その予想は見事に覆された。

「でも、今はただのOLよ」

「何だ…」

「何だって何よ…別に良いじゃないのよ」

「そうですね…すいません」

あまり過度な期待はしないほうがよかったか、と歯噛みする連。


そんな連を見て、和美は話題を変える。

「そういえば、やけにこの話している時目が輝いていたけど、あなたも何かやってるの?」

「はい、一応空手をやっています」

「へぇーっ、空手…ね。よかったら今度、組手の相手にでもなってくれないかしら?」

「え? あ、はい! 喜んで!」

空手一本で行こうと思ってはいたが、よく考えてみると実際の経験者と組手をして

自分の空手に色々な格闘技が加われば、今以上にもっと強くなれる、と内心大喜びの連であった。


そして、和美は連が今、1番聞きたかったことを最後に切り出す。

「私そろそろ帰るけど、最後に次の裏四天王の事を教えるわね。その人は10年以上ここを走り続けているらしいのよ。

車も黒の高性能な外車なの。だから気をつけてね。それじゃね!」

それだけ言い残し、和美はスープラに乗り込んで走り去って行った。



残る裏四天王は後2人。その内の1台の事は黒い外車だということがわかった。

外車は国産車と違って、法律でパワーの制限が無い。

なのでノーマルで350馬力…と言った反則的なパワーを出している車も存在している。

(外車か…)

残るライバルリストは四天王の残り2人も含めて、後5人。

首都高最強と噂されるチームがまだ残っている。

だが、裏四天王はその上を行く存在だ。この最強チームを倒さなければ、まず勝てないだろう。


連は気を引き締め、内回りで残りのそのチームメンバーの2人をまず撃破。

だがリーダーは恐ろしく速い。水色のR32に乗っているのだが、かなり速い。大胆にして冷静な走りは、まるで帝王の風格さえ感じさせる。

(やばいな…こいつ)

R32同士で言えば、絶対に四天王の博人よりも速い。しかし裏四天王を2人も倒した連にとっては

確かに苦戦したものの、相手のR32がアンダーステアを誘発しクラッシュしたことで、まぐれも含めて勝利することが出来た。


すると水色R32に勝利したその時。後ろからパッシングの光が。

後残っているライバルは裏四天王の2人だけだ。

間違いない、裏四天王の3人目が出てきたようだ。横に並んできたのは確かに黒い外車の…。

(ポルシェ911…930系か。しかもこの音は…ターボ?)


911(ポルシェきゅういちいち、Nine Eleven )はポルシェのスポーツカー。ポルシェ・356の後継車種。

当初は開発コードそのままに「901」と名乗っていたが、プジョーが3桁数字の真ん中に0の入った商標をすべて登録しており

クレームを入れたため「911」と改めた。RRの駆動方式を取り、現代に至るまでポルシェのみならずスポーツカーを代表する名車とされる。

930という名称は本来ターボモデルのみを指すものであり、NAモデルは1977年モデルまで、ビッグバンパーであっても901型のままである。

NAモデルは1978年に新潟県警にパトロールカーとして配備され、20年近く活躍したことが知られている。


カタログ上の名称は1978年「ターボ」、1979年「930ターボ」、1980年「911ターボ」と変遷しているが、特別大きな変更はない。

豪華な内装をもつ高性能スポーツカーとして高価格ながら販売は好調であった。

ポルシェは「ありあまるパワーには4速で十分[5]」と説明しトランスミッションは当初4速MTであった。

日本では1981年から一時輸入が途絶えたが1983年末に285馬力となったモデルが輸入再開された。

1989年964型移行に際し再び輸入中止された。1978年モデルからは300馬力を発揮したとされる。

トップスピードはノーマルでも、280キロを出したとさえ言われている。

まさに「大人のスポーツカー」だ。


ノーマルで300馬力のポルシェターボ。しかも古い車とはいえ、和美が言っていた通りこのポルシェのドライバーが

10年以上も、サーキットになる前から首都高を走り続けているとなれば、車の性能もあいまって油断は出来ないだろう。

連はハザードを点けて応対し、アクセル全開。だがポルシェは何とR32のテールをつついてきた!

(何…!?)

アクセルを踏み込んで引き離しにかかる。だがこのポルシェ、いっこうに離れない。それどころかむしろ食いついてくる。

(やっぱりポルシェは速いな!)

パワーも結構あるみたいだ。連はたまらずぐっとアクセルを踏み込み、しっかりハンドルを握る。

くっ、くっ、とアクセルワークを駆使し、アザーカーをきっちりと避けていく。


何回かスラロームを繰り返し、バックミラーを見てみる…が?

(マジかよ? まだ食いついて来てる!)

キャリアの長いベテランというものは、全てを知り尽くしている。恐ろしいものだ。


そんなことを思っていると、目の前に汐留S字コーナーが迫ってきた。

だがあろう事か連はポルシェに気を取られて、ブレーキングが遅れてしまう。

(しまった!)

慌ててブレーキングするが、それがアンダーを引き起こしてしまう。仕方ないので左コーナーでサイドを引いてスピンさせる連。

だが止まり切ることが出来ず、スピンを勃発させてしまい完全に進行方向とは反対側を向くR32。

そのまま助手席側からドカーンとぶつかってしまった。

相手のポルシェはその横をあっさり走り抜け、夜の闇へ消えていった。

(負けた…)


やはり一筋縄ではいかなかったようだ。そしてあの威圧感。どうやら黒い車に連は弱いようだ。

夜のサーキットということもあり、街灯がついているとはいえ、闇の中から追ってくるヘッドライトには物凄い恐怖を感じる。

更にR32に傷を付けてしまい傷心だ。

(うあ…こんなに傷つけちゃったか…。限定車のニスモも台無しだな)



「あーあ、派手にやったな」

沢村にポルシェに負けたという事実を話し、連はR32の修理を頼んだ。

藤尾や岸ほどではないが、助手席側にはベッコリと大きな傷がついている。

更に博人にバンパープッシュされたリアバンパーの傷、岸の突っ込みの遅さにバンパープッシュしたときについた

フロントバンパーの傷も一緒に直してもらうことにした。

「このまま傷を直しても良いが、どちらかというと見栄えをよくするためにオールペンしてみるか」

「え? オールペンですか? 別に構いませんよ」

「そうか。ならよかった。えーと、塗料は…」


しかし、沢村が出してきた塗料の色は、結構派手な色であった。

「すまん、これしかないんだが…」

「え? む、紫ですか?」

「ああ。…ダメか?」

「いえ、ダメって事は無いですけど、ちょっと派手かなー、なんて…」

「何言ってるんだ。明るい色のほうが事故率は低いんだぞ?」

今の連のR32は、ニスモ限定色のガングレーメタリック。しかしここまでベッコリ行っていては見るに絶えない。

とりあえず、沢村の勧めもあり、紫にオールペンしてもらうことに。



作業には5日ほどかかるというため、その間は道場の帰りに自分で首都高サーキットを外から眺めてみることに。

実際に地下鉄とバスを使って、外側から眺めてみるのもたまには良いものだ。

(こうして見てみると、下と上でやってることがずいぶん違うんだよな)

新首都高速が開通して、使われなくなった首都高速は現在、全域がサーキットになるために工事中だ。

(下の道では華やかで、上の道では賑やか、か…)


一度首都高から降りてしまえば、騒がしい都会の喧騒に包まれる。日本の首都といわれる東京だけのことはあるのだ。

自分が生まれ育った栃木から上京してきた時、まず驚いたのは人と建物の多さだった。

だが、代わりに自然が少ないのは寂しかった。

この戦いが終わったら、一旦実家に帰ってみるか、と考えてみる連であった。



そして5日後。明るめの紫にオールペンされたR32が出来上がった。

「ありがとうございます、沢村さん」

「俺的には最高の仕事をさせてもらったつもりだ。もし何かあったら、またもってこい。

それから、ポルシェに対抗するために少しだけセッティングを変更しておいたぞ」

「え?」

「まぁ、それは走ってからのお楽しみだ。んじゃ、行って来い!」


セッティングを変えてくれた…が、どう変わったのかわからない。そこで外回りへと出向き、一戦手近な相手とバトルをしてみる。

先行して、ブレーキングからターンイン。コーナーを曲がる。

だが、若干ではあるが出口でワンテンポ速く踏めるようになったアンダーステア気味のセッティングにされている。

これだったら流れすぎないので、思いっきり立ち上がりで踏んでいける。



そしてバトルが終わると、今度は別の車がパッシングしてきた。

負けてしまったあの黒いポルシェだ。

(もう…俺は負けない!)

ハザードを消してバトルスタート。霞ヶ関トンネルの直線ではさすがにポルシェが速い。

しかし出口の、上りながら曲がる右コーナーではR32が突っ込みとコーナリングで差を詰める。

そして立ち上がりでは、あまり引き離されていない!

(よっし…これなら、いけるかも!)


連続高速S字コーナーを抜け、銀座線に合流。

パワーは向こうのポルシェが上なので、直線では負ける。やるとすればコーナーと突っ込みで勝負だ。

銀座名物橋げたコーナーは、ポルシェが左側から進入。

が、そのアウト側から大きくラインを取って、コーナリングしてきた紫のR32が、思い切りのいい

アクセルの踏みっぷりでポルシェをパス。

(よし、前に出た!)


それでも相変わらず、2台はテールトゥーノーズ。若干ポルシェはコーナーで引き離されるが、直線で難なく追いついてくる。

(離れない…コーナーでは引き離せるが、ストレートが速いな)

じりじりとまた差が縮まってきている。そして、オールペンしたばかりのR32のテールをこつんとつつくポルシェ。

(うわ! こいつも当ててきた!)

だがその直後、ポルシェがいきなりスローダウンした。SPゲージがもう無くなっていたのだ。

(か、勝った…!)

何とか粘り勝ち、という結果に終わった3人目の裏四天王戦になった。


第0部第10話(エピローグ)へ

HPGサイドへ戻る