第0部第7話
近くのPAへと入ると、銀色R32もそのままついてきた。
隣同士で駐車し、連がR32から降りると銀色R32からドライバーが降りてきた。
「何だ…まだ若いな」
「…そっちこそ…」
あまり年齢が変わらない感じの男。しかし、何だか目つきが悪い。しかも髪はオレンジ色である。
「あんたが…四天王なのか?」
確信はついているが、一応男に確認を取ってみる。
「…ああ、そうだ。俺は小野田 博人(おのだ ひろと)。何だか「真夜中の銀狼」とか言う
変な名前で呼ばれる事があるんだけど、俺自身は恥ずかしいな」
厨二病はマジ勘弁してくれよ、とぼやく博人に対し、連は修理代を請求しようかな、と考えていたが…。
「ああ、さっきはぶつけてすまなかったな。俺はヒートアップすると良く相手にぶつける癖があるんだよ」
そのまま「はいこれ」と言って、修理代の30万を現金で差し出してきた。
「えっ…」
「まぁ、せめてもの気持ちだ。負けた相手には払わないがな、俺に勝った奴だから払うよ。…ああ、そうそう。俺の次の
四天王なんだが、現在の首都高の最速ラップ保持者だ。ただ性格が悪いって話だから、気をつけろよ。じゃーな」
連に話す暇を与えないまま、博人は自分のR32に乗って走り去って行った。
性格の悪い奴が首都高の四天王のトップ…らしい。
何だか胸騒ぎがするのを抑えられないまま、連は家へ帰る事にした。
翌日からまた、連のライバルリストコンプリート物語は続く。
加速重視のセットアップしているをため、銀座の長い直線では250キロ以上を記録できるようになって来た。
しかし、その上の伸びがまだ足りない。R32や80スープラなどの大排気量ターボ車はトルクがあるので、もう少しだけ
高回転側にギア比を合わせてもいけるかなぁ、と考えても見る。
一応連は工業高校の出身であり、高校在学中はガソリンスタンドで3年間アルバイトをしていた。
そのバイト代は全て、高校在学中の2輪と4輪の免許取得の金に消えたが。
工業高校出身者は、6ヶ月以上の実務経験があれば3級の資格を受けられるので、連は高校を卒業して
就職するまでの間に猛勉強して3級整備士の資格を取ったのだ。
受かった時は同時に就職が決まった事もあって、感極まって泣いてしまったらしい。
本当は整備士として就職したかったが、ガソリンスタンドの先輩から話を聞くと、
「資格があっても資格手当ても付かない。しかも毎日つなぎは油まみれ、 手は爪の中まで
油が入り込んで真っ黒(風呂に入っても取れない)し、残業手当も無し。その上結構重労働(エンジンやタイヤなど持ち上げるのに)で
リフトの下にもぐっている時は4K(きつい・汚い・危険・給料が安い)だ」
と言う事と、整備工場の就職口が無かった事が合わさって、結局カー雑誌の編集に携わっている。
今思えば整備士にならなくてよかったかなー、と連は思ったりもするが、その代わり自分の車のメンテナンスは
きっちりこなしているという。
自動車の使用者本人がブレーキパッドやギアボックス、ミッションなどの分解整備を行った場合は、
点検整備記録簿に記入し、2年間保存しなければならない。
十分な知識・技術のある奴は自分で行っても良いが、自信のない方は認定工場に任せた方が良い。
自分で適当に分解して、重大事故をひき起こしてからでは遅すぎるからだ。
連はブレーキパッドの交換などの簡単な整備は自分で行っている。
が、ギアボックスの分解まではしたことが無い。そこで沢村に手伝ってもらって、勉強を兼ねて覚える事にした。
「ギアボックスは構造自体は簡素なんだがなー…」
翌日、沢村の整備工場にて首都高へ行く前に色々と教えてもらう連。とりあえず古い車なのでネジが壊れていたりする事もあるのだとか。
外れても上手くはまらないと、新しくネジを買って来なければいけないので面倒らしい。
とりあえず、沢村の講義自体はキリの良い所で切り上げて首都高サーキット内回りへと向かう。
加速重視のセットアップは、スピードが乗りにくい内回りでは大きな武器である。
外回りではスピードが乗りすぎる為、どちらかと言えば最高速重視になってくる。ライバルリストは現在96人だ。
そして続けざまに、RX−7ばかりのチームのリーダーを倒した連。今日は走り屋の数が少ない。
近くのPAに入って一休みしていると、入り口のほうから甲高いエンジン音が聞こえてきた。
それは黄色いボディに赤いステッカーを貼り、派手なエアロパーツをまとったホンダのNSXだった。
(何だ…やかましい車だな)
そのNSXは連のR32の横を通り過ぎたかと思うと、向かい側に車庫入れをする。
しかし車庫入れはあまり上手くない様で、何回も切り返しをしながらようやく駐車する事に成功。
(だ…大丈夫なのか?)
端から見ている連も心配気味である。
すると、そのNSXからはメガネをかけたドライバーが降りてきた。連よりやや年上のようだ。
だが、何だか馴れなれしく連に話しかけてくる。
「やぁ…君、走り屋だろ?」
「は、はぁ」
本人はフレンドリーだと思っているのかどうか知らないが、初対面でこれは失礼な上にウザイ。
「あは、やっぱり。でも思ったより少ないねー、走り屋の車って。もっと賑やかなのかと思ったのになぁ」
そして連のR32に目を止めた男は、ニヤニヤしながらR32の周りを1周する。
「へーぇ、GT−Rかぁ。レースで勝つためだけに生まれたマシンって話をよく聞くけど…?
でも、結局の所は直線で追い抜いているだけでしょ?直線で追い抜いたって、ドライバーの腕で勝ったなんて言えないのにさ?」
「何だと?」
連の口元がわずかに歪むが、男はそれに気がつかないのか無視しているだけなのか、話を続ける。
「それに、車と違って君は、ちっとも速そうに見えないから不思議だよねぇ?」
「な…!」
思わずかっとなってつかみかかる連だが、男はそれでもヘラヘラしている。
「やだなぁ、殴っちゃうわけ? 殴っても良いけど警察に訴えちゃうよ?」
「くっ…」
しかたなしに手を離そうとするが、このままでは気がすまない連。せめてもの抵抗に、連は思いっきり男の胸倉を突き飛ばした。
突き飛ばされた男はよろよろとふらつき、NSXのボンネットに叩きつけられる。
「へっ…何だよ、ビンボー臭い旧車なんか乗っちゃってさー。そんなGT−Rにここで僕が負けるわけ無いじゃん?」
「まだ言うかてめぇ…!」
「おーっと、走り屋なら車で勝負するのが筋じゃないのか? へへへ…」
しかし、本音を言えばこんな奴にはもう関わりたくなんか無い。
連はすー、はー、と深呼吸をし、平静を取り戻して男を追っ払う事に。
「あのさ、さっきから聞いてれば初対面の相手に対して何だよ、あんた。すごく失礼だぜ。
第一、俺がどんな車で走ろうと、あんたには関係ないだろ?
どれほど自分のテクニックに自信あるのか知らないけど、俺の事はもうほっといてくれないか?」
「ふーん…ああそう…せっかく博人を倒したって言うから来て見れば、怖気づいたのかよ」
「え?」
その瞬間、連の中で何かが繋がった。それと同時に博人の言葉が思い起こされる。
「…ああ、そうそう。俺の次の四天王なんだが、現在の首都高の最速ラップ保持者だ。
ただ、性格が悪いって話だから、気をつけろよ。じゃーな」
連は確信した。このメガネの男こそ、最後の四天王だ。でもバトルするのは出来るだけ避けたい…が、避けて通れないだろう。
せめて怒りが収まってから、ということでその時は男を見送った連であった。
「確かに性格が悪いな…。陰湿というか、何というか」
ポツリとPAから出て行くNSXを見て、連は呟く。
あんな奴でも首都高の最速ラップ保持者というのだから、世の中は理不尽だ。
PAを出て、たまには快適にクルージングを楽しむために再び内回りへ。
だが、ふと非常停止エリアを見ると、さっきのNSXがウィンカーを出して停まっている。
(何だかやな感じだな…)
するとその横を通り過ぎた途端、そのNSXは加速して追いかけてきた。そしてパッシングしてくる。
(うわ…ここまでみえみえの待ち伏せバトルって言うのも、珍しいな)
断る事は出来ない。だがあれだけの大口を叩かれたとあっちゃ、腕前を見てみたいと思うものだ。
ハザードを消してバトルスタート。
最初はR32より排気量がでかく、しかも軽いボディのため加速が良いNSXがR32を追い抜こうとする。
(直線で抜こうとしてるのはどっちだよ!)
自分は良いのか、と連は心の中で愚痴りながらも、しっかりブロックして前に出させない。
丸の内トンネルから霞ヶ関トンネルへ走り抜ける2台。トップを守り続ける連の後ろで、NSXのメガネの男はほくそえんでいた。
「思ったよりはやるねぇ。結構良い突っ込みしてるよ、このR32…。でも、楽勝でついていけるからね。改めて自分のテクニックに自信持っちゃったよ。
僕ってやっぱり速かったんだね…ししし…。かなりかっこいいかも…うししし…」
不気味なことをぶつぶつと呟きつつ、連のR32を追い掛け回す。
そして内回りで、銀座の次にスピードが乗る赤坂ストレートへ。ここでブロックをかいくぐり、連のR32を横から追い抜くNSX!
「くそーっ! ダメか!」
「バーカ! ざっとこんなもんさ!」
その先の左高速コーナーでは、NSXの4輪全てが滑り出す。
しかしNSXはカウンターをあまり当てない、名前の通りの「ゼロカウンタードリフト」で駆け抜ける。
確かにかなりの腕前だ。
「ついてこれるかよ! このゼロカウンタードリフトに!」
だが、連もこのまま負ける訳には行かない。
抜かれはしたが、SPゲージはまだまだ残っている。向こうだって人間だ。どこかに弱点があるはずだ。
歯を食いしばり、NSXについていく。
(あれだけバカにされて、俺はそこまで黙ってられる程人間できて無いんでね!)
NSXのラインをトレースし、突っ込み過ぎない様にブレーキのコントロールをしっかりする。
すると、心なしかNSXとの距離が少しずつ縮まってきているようだ…が、連続シケインまでの直線でまた離される。
しかし、連続シケインの突っ込みで今度は大きくNSXとの差が詰まる。
コーナーはゼロカウンタードリフトを駆使して抜けていくNSXだが、その離された分をブレーキングで距離を詰める連。
もうこのNSXの弱点はわかったようだ。
(そうか、わかった。こいつの弱点は…ブレーキングだ!!)
確かにMRや4WDの利点は立ち上がりの加速だが、それを考えても突っ込みのスピードが遅すぎる。
そういえば、PAでは車庫入れも満足にできていなかった。
(あのNSX…かなりビビリ入ってるんじゃねーのかな…)
この先の銀座線区間は直線。そこに逃げ込まれたらおしまいだ。
そこまでに何としてもケリをつけたい所だ。
この先で仕掛けられるところと言えば、汐留S字コーナーから先の橋げた区間まで。
S字コーナーが3つもあるため、そこでの突っ込み勝負で行けそうだ。
(よし…俺とGT−Rを散々バカにした代償は、土下座で払ってもらうぜ!)
きつい左コーナーを抜け、汐留S字コーナー前の直線でNSXがR32を引き離す。
だが、ここから連の巻き返しが始まった。
汐留S字コーナーへの突っ込みとコーナリングでまずは差を詰め、トンネル前の直線は下りの為
それほど差が開かないのを利用してトンネルS字でも突っ込み勝負。
ここでNSXのテールをこつん、とつつく。
「うわ…あいつ、当ててきた!?」
メガネの男は動揺し始めている。明らかに格下の相手のはずなのに、何故ついてこられるのかさっきから不思議に思っているのだ。
(ゼロカウンタードリフトで差を広げたはずなのに、なんでついてこれるんだ? ありえない、そんなことあるわけ無い…)
男が動揺しているとは露知らず、連は由佳、博人と同じトンネル後のS字コーナーで勝負を仕掛けた。
ブレーキを早めに踏みすぎたNSXに対し、ギリギリまで突っ込んでブレーキング。
NSXの前にひゅん、と出た連のR32に対し、NSXの男は更に動揺する。
(な、なんで…しかも抜かれた!?)
前に出られたことで焦ったのか、NSXの男はアクセルを踏み込んで加速しようとする。
だがコーナリング中に後輪駆動車、しかもスピンが速いMRで、不用意にアクセルを踏めばバランスを崩してしまう。
(ひーっ! ダメだ、動揺したぁっ!)
R32のミラーを覗いた連の目に映ったのは、スピンしてリアをぶつけ、その反動で思いっきりスピンしてフロントをぶつけ、
更にスピンして助手席側からガードレールにぶつかった、無残な黄色のNSXの姿だった。
それを見ていた連は、同情と言うよりは嘲笑のような口調で呟いた。
「…うわ、かっこわる」