第0部第2話


2時間掛けて鍛練を終わらせ、道場でシャワーを浴びて汗を流す。

そして服を着て、道場を出た連は駐車場の自分のシルビアに乗り込む。そのまま向かうのは、家ではなく首都高だ。

早速軽量化の効果を試しに行く。

首都高の料金所はそのまま利用され、1度料金を払ってしまえば何時間でも走り続けられるのが魅力だ。

とは言っても、個人差はあれどタイヤやガソリンなどの上限はあるが。

連はとにかく、自分で出来る限りの軽量なボディを作り上げることに専念したため、タイヤもガソリンも今のものだけになる。


今回向かうのは環状線外回りだ。ハチロクとバトルした内回りとは違い、直線部分が多くスピードが内回りより乗る。

速い車に腕のあるドライバーが乗れば、250キロを出すことも可能だ。


その日外回りで出会ったライバルは、黒のトヨタ・SXE10アルテッツァ。

NAとターボの違いはあれど、お互いにパワーがノーマルで同じような車種。しかし問題は車重だ。

アルテッツァはドアが2つのシルビアより倍の4つ。この差がどう響いて来るのか。

それに加え、軽量化の威力は?


ハザードが消えてバトルスタート。直線の加速はアルテッツァより上だ。やはり軽量化の効果というものなのだろうか。

霞ヶ関トンネルの中からスタートし、丸の内トンネルへと向かう2台。

丸の内トンネルの中は殆ど直線なので、思いっきり引き離せる。

しかしアルテッツァも粘る。直線ではシルビアの後ろについて空気抵抗を減らす「スリップストリーム」で喰らいつく。

丸の内トンネル出口のきつい右コーナーでは、シルビアよりも良い突っ込みで差を詰めてくる。やはり走り慣れている走り屋は違うらしい。

(良い突っ込みだな…!)

もともと軽い車重のシルビア、更に軽量化している、とは言えどもやはりコースに慣れていないことは

それだけでアドバンテージが無くなってしまうらしい。

自分自身で「このスピードが精一杯!」と言っても、走りこんでいる奴らから見ればもっと速く曲がれたりする事だってある。

無論、カスタムの差はあるだろうが。

それでもシルビアより車重が重いはずのアルテッツァに、ブレーキングで詰められているのは明らかにこっちが下手糞なだけだろう。


連はこの時、言いようの無い劣等感に襲われていた。確かにコースは向こうのアルテッツァのほうが走りこんでいる。

しかし、8年もシルビアに乗ってきてこの有様か、と、自嘲気味にバトル中なのに笑った。

(このままじゃ俺のプライド……ズタズタだぜ……!)

このまま負けてたまるか、と気力を取り戻す連。SPゲージはまだまだ平気だ。一旦深呼吸をし、冷静に考えて

どこで勝負をかけることが出来るかをまずは考える。

(確かこの先は、銀座の長い直線があったはずだ。そこで勝負を仕掛ける!)

高速コーナー区間は互角。となれば、直線のスピードはこっちが勝っているのでそこで勝てば良いだけだ。


高速コーナーは必死のブロックでアルテッツァを前へは出さず、銀座区間への右高速ヘアピンをアウトインアウトで抜ける。

しかし、何と後ろのアルテッツァは、銀座の直線で抜きにかかってきた!

(な…にぃ!)

ブロックでラインを塞ごうにも、サイドバイサイドのこの状況ではぶつけてしまうために出来ない。

そのままあっけなく追い抜かれ、それでリズムを乱してしまった連は

その後の銀座名物・橋げたコーナーでも大オーバーステアを誘発し、何とか立て直したものの

アルテッツァに再び追いつくことは出来なかった。



(ちきしょう…)

首都高サーキットを降りた帰り道、連は路肩にシルビアを停め、がっくりとうなだれていた。

何故直線で劣っているはずのアルテッツァが、あそこで自分のシルビアを追い抜けたのか?

考えてもその答えはわからない。

首都高にはそんな直線マジックがあるというのだろうか? それとも…?


とにかく、車のカスタムやメンテナンスもそうだが、ドラテクの基礎も大事だと思うようになってきた。

しかしドラテク本などに書いてあることを鵜呑みにするだけでは、実践的なテクニックは身につかないのも実情。

それ+αの何かがドラテクには必要だ。

後はシルビアのカスタムに関しても、また考えていかなければならない。


ああ、走るって、難しい。


走り込みだけでは何も見えてこない。考えてもわかんないからヒントが欲しい。

考えることが多すぎて、連の頭はパンク寸前である。

もともとそんなに良い頭でもない。カー雑誌の編集者になったのだって、

ただ単に車が好きだから、と言う理由でだけだ。



そこでまずは、情報収集から始めてみることに。自分はカー雑誌の編集者だ。

実際は、「編集者」と呼ばれる役職は2つある。

1つは、著作的な編集を行う人である。著者表示で「著」などと並んで「編」「edited by」「ed.」などとなっている人物である。

もう1つは、出版社や編集プロダクションなどの職場あるいはフリーなどの職業形態における編集実務担当者である。


一口に「編集実務」といっても、その業務の領域は職場の規模などに大きく左右される。

出版業界の大多数を占める零細・中小企業では、編集実務や校正・校閲はもちろん、制作管理(トラフィック)や造本に深く関与することが多い。


逆に中堅・大手企業では、業務がかなり細分化され、校正・校閲さえ専門の他部署や下請け業者に任されることも少なくない。

また、企画の立案、著者・編者等との交渉、原価計算、原稿の整理・割付、校正あるいは校正者との交渉、

装幀担当者との交渉のほか、小出版社では用紙の発注、印刷会社との交渉、さらには取次会社との交渉、

書店への営業活動なども編集者が自身でおこなう場合もある。


編集実務という言葉の指す内容は個々の会社によって様々であり、同じ編集者という肩書きであっても

他の関連する仕事を兼任していることが多いのが実情である。


連のカー雑誌を出版している会社はと言うと、中小企業の部類に入る。

それゆえ、自分自身でいろいろなことをやる前者の部類に当てはまる。営業活動から原価の計算、文章構成まで

殆ど自分達でやっている。

取材にも足を運んだことが何度かあった。その度に連は「俺、フリーライターじゃないんだけどなー…」と呟いているらしい。

でも仕事だからそこは割り切らなければ、と思うしかないとか。



その経験を8年も積んできた連にとって、1番重要なことを忘れていたことに気がついた。

実際に首都高を走っている走り屋達の車を、パーキングで見てみれば良い。そうすれば自ずと、自分のシルビアの

カスタムの方向性だって見えてくるはずだ。

いつまでも、あのアルテッツァに勝てなかったことを嘆いていたってしょうがない。連はシルビアをUターンさせ、

首都高サーキットへともう1度上がっていった。


早速パーキングエリアへと出向いた連は、手当たり次第に気安くならないよう、馴れ馴れしくならないように取材をしていく。

そして取材をしていくうちにわかったことは、やはり中排気量、大排気量の車が多いこと。

テンロクやテンハチのNA車も居たが、圧倒的に多いのはターボ車の方だ。

中排気量の2リッターターボである自分のシルビアも、圧倒的に多いほうに入っていてなんとなく安心感が出てきた。


次はカスタムの方向性。軽量化の次はどうすれば良いのか?

これも首都高の走り屋たちに直接聞いてみると、パワー重視の者も居れば、軽量化やコーナリング重視の者も居た。

更にはトータルバランスが重要と言う者まで。

いくらコーナリングが速くても、直線で置いていかれるのであれば話にならない。逆に直線だけ速くても、コーナーごとに引き離されるのでもダメだ。

特に前者は、連が身をもって先ほど体験したことであった。


その後も引き続き情報を仕入れていく連。すると、1つの気になる情報を手に入れた。

「元レーシングドライバーがやっている、腕の良いカスタムショップがある」と。

だけどその人物が言うには、気難しい人のようで…少しでも失礼な態度を取れば容赦なく追い出されるらしい。

それでも情報を手に入れたからには、行って見るしか無いだろう。

連は住所を聞き、そのショップに足を運んでみることにした。



翌日、仕事を終わらせた連は鍛練の後シルビアを走らせ、そのショップにたどり着いた。

看板には「沢村工房」とまるで道場にある看板のように、格式のある墨ででっかく描かれている。

…しかし、外観からして何だか名前負けしているような店である。

(うわ…ただのプレハブの小屋じゃん…ここで本当に、元レーシングドライバーがカスタムやっているのかよ?)

すると、突然後ろから誰かに連は声をかけられた。

「何だ…俺の店に用か?」

「えっ…!?」


振り返ると、そこには色的な意味で薄い、紫色の頭に緑の瞳をした男が1人立っていた。

年齢は大体、30代半ばと言ったところだろうか。

突然のことでびっくりしたものの、何とか気を落ち着かせて失礼にならないように話しかける。

「あ、あの俺、首都高の奴からこのお店の事を聞いて、来て見たんですけど…」

「…それで?」

「それでその、俺のシルビアを改造していただきたいのですが…」

自分のシルビアを指差す連。つられてこのショップのオーナーのオヤジもシルビアを見る。


するとオヤジは、連に1つの質問をぶつける。

「若いの。お前は何をしたいんだ? このシルビアで」

「……え?」

何をしたい…と言っても、ただ首都高を攻めていられれば良い…と思っていた。

でも、昨日のアルテッツァとのバトルから、その考えは少しだけ変わった。

「…俺、首都高サーキットで速くなりたいんです」

「どういうふうにだ?」

「とにかく、とにかく速くなりたいんです!!」


しかしその連の言葉に、オヤジは黙って踵を返し、店の中へ入っていこうとする。

「あ、あの…」

「まずは自分が今、何をするべきなのか。それを考えた上でまた出直して来い。わかったな」

連は引きとめようとしたが、オヤジはそれだけ言い残すと、店の中へと入って行ってしまった。

1人ポツン、とその場に残された連は、10分ほどその場から動けずに居た。


意識を取り戻し、シルビアに乗り込んだ連は自分のアパートに帰る。

ソファに身を投げ出し、タバコに火をつけて燻(くゆ)らせつつ、腕で枕を作って星の見える窓から外を眺める。

(俺が何をするべきか…か)

速くなりたい。だがそれは…どこで? 速くなるには…どうやって?

(首都高サーキット…)

サーキットではアマチュアからプロまでゴロゴロ居る。だが、首都高サーキットはまだ開通したばかりなので

あまり人が居ないはずだ。

今何をするべきか、どうするべきか。連の答えは決まった。


(俺は…首都高サーキットで、トップに立ちたい! …いや、立つんだ!)


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