第8部第12話
3日後。瑞穂は走り込みも終え、RX−7に馴染んでいた。
向かったのは新宿線。
C1よりも高速ブレーキングのテストに使えると思ったのでここに来たのである。
大型のブレーキを搭載し、かなり奥まで突っ込んで行ける様になった。
D3とのバトルの時も感じていたが、やはりブレーキの効きは軽い車と言う事もあって、かなり良い。
その新宿線からC1内回りへと入り、引き続きブレーキのチェックをする。
すると、千代田トンネルで目を疑う様なRX−8を発見した。
白のボディにピンクのバイナルステッカー、さらに屋根には羽が生えている。
そしてこの車が貼っていたステッカーに瑞穂は見覚えがあった。
(恵さんだ…)
「ユウウツな天使」こと飯田 恵(いいだ めぐみ)だ。
3年前、阪神の方で腕を磨いていた時に、山下緒美と一緒に来てたのを思い出す瑞穂。
その時はS15シルビアだったが、今はRX−8に乗り換えたらしい。
なら勝負だ、と言わんばかりにパッシング。横に並んでハザードを点け、10秒後にスタート。
しかしやたら加速が良い。加速重視のセッティングなのか。
ニトロを使っても前に出られないとは相当だ。
千代田トンネルから霞ヶ関トンネルを抜けて、赤坂ストレートへ。
ここでスリップストリームに入り、横に並びかける。
そのまま追い抜かせると思った瑞穂だったが、目の前に黒いZZT231セリカが
立ちふさがってしまい、また恵の後ろへ。
(く……!)
これでは埒が明かない。瑞穂はどう対抗するかをまず考える。
プレッシャーをかけても全然平気そうだし、なら広い道に出て追い抜くしかない。
この首都高で、3車線になる区間がこの先にあるのだ。
(汐留S字……!)
東京タワーを左に見つつ連続シケインをクリア。
下りながらのきつい左コーナーを抜ければ、新環状線と合流して3車線になる。
ここの出口で、瑞穂は再びスリップストリームに入る。そして汐留S字の左コーナーで抜きにかかった!
(行くぞ!)
恵は左コーナーでアウト側。だが次の右ではイン側になる。そのイン側には何と赤いFC3Sが……!
瑞穂はアウト側キープのまま、大きくラインを描くことが出来てそのままクリア。
恵は大きく減速し、アウトに寄ってRX−7の後ろに引き下がる。
アウトに寄ったことでスピードが落ちてしまった恵は、瑞穂に大きく引き離されて
SPを削り取られ、勝負ありだ。
そのままスローペースで流し、近くのピットへと入っていく。
後ろからは恵がついてきた。
そして瑞穂の顔を見た恵は、目を見開いて驚いていた。久しぶりなので当然だ。
瑞穂はよく自分の顔を恵が覚えていたなぁ、と苦笑いしつつ、挨拶。
「お久しぶりです、恵さん」
「瑞穂……君?」
「はい。僕はもう1度ここを走り始めたんですよ。ですから……」
「なるほどね……今はレーシングドライバーやってるんだっけ?」
「はい。……え?」
何故恵が知っているのだろうか? 首都高の走り屋には誰にも言って無い筈なのに。
「結構耐久レース見に行っていたから。首都高では誰にも話してないの?」
「……ええ」
「そう……でも、流石レーシングドライバーね」
「ありがとうございます。恵さんは車を買い換えたんですね」
「ええ。S15が壊れちゃったから。でもロータリーは燃費悪いから、
またシルビア買っちゃうかも……だけど」
「そうですか……」
恵と別れ、一通りPAを回り、再度準備をしてRX−7に乗り込み再び瑞穂はコースインする。
本線に合流し、そのまままたスローペースで内回りを流す。
するともう1度汐留S字に来た時に、BOMEXのフルエアロをまとった
瑞穂と同じ白のFD3S・RX−7が前を走っていた。
(BOMEXエアロ……)
耐久レースでもよく見かける会社のエアロパーツだ。
非常に興味がわいた瑞穂は、汐留S字の後に来るトンネルでそのRX−7にパッシング。
美幸とRX−7同士でバトルした時は色違いでエアロも違ったが、今回は色も車種も
同じでエアロだけが違う。
なので、ますます負けられない。
ハザードを消してバトルスタート。
こっちのRX−7のほうが若干加速がいい。だがほぼ横並びを保つ。
目の前に迫ってきたトンネル後の高速S字コーナーでは、イン側のポジションを
活かしてBOMEX号を追い抜き、先行して逃げ切り体制を図る。
それでもマツダスピード号にぴったり食いつくBOMEX号だが、銀座名物橋げた分離帯で
そのBOMEX号のドライバーは信じられない光景を見る。
2つ連続して橋げた分離帯が来るのだが、その2つ目は下りながらの右コーナーが
終わったと同時に来る。
アウト側に流されてしまうと大クラッシュだ。
が、瑞穂はイン側の壁を掠めるようにコーナリングしながら、思いっきりアウト一杯まで
マツダスピード号を飛ばす。
すっぽりと分離帯の左側に入り込み、無事に通り抜ける瑞穂。
減速して安全に行き、その後の長い直線でスリップストリームを利用して追い抜かそうと
思ったBOMEX号のドライバーはそこで大きく引き離され、SPゲージを全部
使い切ってしまい勝負ありだ。
再度、恵と会話したPAに行く瑞穂。BOMEX号もついて来た。
そのBOMEX号から降りてきたのは中年の茶髪の男だった。
「ひゅーっ、あんた、速いな」
「あ、ありがとうございます。あなたも結構速かったですよ…」
「ははは、そりゃどうも。……若いんだな、随分。
初対面でこんな事聞くのは失礼だけど、名前と年齢を教えてもらえたら嬉しい」
「いえ、別に構いませんよ。僕は早瀬瑞穂って言います。23歳です」
年齢を聞き、男は感心した様子で頷く。
「なるほど、そりゃあんな切れた突っ込みする訳だ。俺みたいに中年になると、
結構無茶は出来なくなるもんだからな。
……あ、俺は孝司。市松 孝司(いちまつ こうじ)。よろしく」
「よろしくお願いします」
その後、RX−7の事について孝司は色々瑞穂に話した。
初期型のタイプRZから、2年前にこの最終型のRSに乗りかえた事、FD3Sの事なら
何でも知っている事など。
「初期型と後期型では結構差があるもんだが、基本はそんなに変わりゃしない。
ま、後期型はパワーが上がったしな」
「確かに前期型に比べるとそうですね。後安定感も増した様な気がします」
「そうだな。それから話は変わるけど、迅帝が復活したらしいな?」
「そうらしいですね。気になるんですか?」
孝司はその瑞穂の発言に、バリバリと頭を掻く。
「あー……まぁ、気になるな。俺は前に迅帝に負けて、特訓の為にタイとアメリカに行ったんだ。
何だっけ、スネークアイズだっけ? あいつと一緒さ。向こうであいつには会わなかったけどな」
そんな凄い人と戦っていたなんて……と今更ながらに瑞穂は驚く。
「俺を倒したとあったら、きっと迅帝の奴にも勝てるさ。それじゃ、またどこかで会えたら会おう」
そう言い残し、孝司はBOMEX号でPAから出て行った。