第8部第10話


流斗と別れた後ライバルを倒しつつ芝浦PAまでRX−7を流して一旦休憩。

すると、3台の派手なマシンを発見。

ランエボ、インプレッサ、そして見覚えのある黄緑のR32GT−R。

その横には3人の男が待ち構えていた。

1人は先日、会ったばっかりの日向健斗。そして後2人。

黒髪の中年の男と、うつむき加減でフィギュアを持った茶髪の男が1人。


「おーおー、ご登場だねぇ?」

「あいつがそうなのか?」

「結構速そうだな」

その3人は瑞穂の方へと歩いてきた。

「よう、待っていたぜ。潰すって言った俺のこと覚えているか?」

「……日向さんでしたっけ?」

「そうそう健斗君だ。あ、この2人は初対面だな」


まずは黒髪の男から自己紹介。

「色々噂は聞いている。私は的場 皓市(まとば こういち)

続いてちょっと挙動がおかしい茶髪の男が口を開く。

「俺は蓮見 楓(はすみ かえで)。よろしくな〜…」

「潰すと言ったはずなのにここまで来たのはいい心構えだねぇ。バトルするんだろ?」

「あ……はい」

「俺がお前よりも実力があるってことをスネークアイズに証明してみせる!」

「まぁまぁ、そうリキむなって。こんなヤツ、わざわざ3人がかりで挑まなくたって、楽勝楽勝!」

楽勝宣言をした「砂塵の帝王」こと皓市の車はオレンジに近い、黄色のランエボ9。

メンバーに残る為に実力を証明したい「闇天狗」の楓は黒の鷹目GDBインプレッサだ。

「俺もそう思うが、万が一ってこともある。ファントム9の恐ろしさ、見せてやろうぜ!」

その健斗のセリフで3対1のバトルが組まれる事になった。


3人とは同時に戦い、SPゲージが無くなった者から脱落して行く「サバイバルバトル」で争われる。

浩夜、周二、和美と戦ったあのバトルと同じだ。

縦横それぞれ2列で並び、進行方向に向かって左上に楓、その右に皓市、2列目の左に瑞穂、右に健斗だ。

コースは新環状線右回りの、レインボーブリッジ後に来るS字の右コーナーを立ち上がった所から

スタートとなり、そのままC1内回りへ入って行く。



SPゲージが補充され、ハザードが消えてバトルスタート!

瑞穂はニトロを噴射し、一気に3台の前へ出る。GT−R、ランエボ、インプレッサの3台は

「3種の戦闘機」と呼ばれ、国産スポーツの中で最強と謳われている3台。

しかしRX−7も国産最強のコーナリングマシンと言われるだけあって、カーブの多い

環状線では負ける訳には行かない。


4台はC1内回りへ突入。差は少しも無いまま瑞穂トップで汐留S字へ。

ここでブレーキングで瑞穂は3台を引き離すが、立ち上がりでぐんぐん詰められる。

特に楓のインプレッサが速い。

(速い! でもこの先のコーナーでは僕の方が!)


トンネル内のS字コーナーでは瑞穂が差を広げた。

その後のS字でまた少し引き離すが、直線では楓のインプレッサがRX−7に張り付く。

(ここは僕のRX−7のほうが軽いから、突っ込み勝負!)

前を見据えて、銀座の名物である橋桁を使った分離帯コーナーに向かって

アクセル全開で突っ込んでいく。

(僕にここでついてこられるか? そのでかい3台で!)

健斗、皓市、楓は瑞穂に頑張ってついていこうとしたが、やはりアクセル全開では

突っ込めずに減速。RX−7と差を広げられてしまいそのまま振りきられてしまった。

(ふう、ギリギリだった…か。勝てば官軍だね)



「く、くそぉ……。俺がお前よりも劣るというのか……」

フィギュアを片手に、がっくりと土下座のようなポーズを取る楓。

文字で言えば小文字のアルファベットのorzのような感じである。

「フン、気に入らねぇな!」

皓市は瑞穂の実力に内心納得出来ず、バトル前とは何だか違う態度。

しかし、その2人を抑えたのは健斗だった。

「だが、負けは負けだ。こいつ、やっぱりタダ者じゃあないのかもしれねぇ……。

リーダーがこだわる理由が、ちょっとわかった気がするぜ」

健斗はそう言い残し、楓をずるずると引きずりつつ皓市と共に飲み物を買った後

それぞれの車に乗って3人共帰って行った。


(楓さん、何だか扱いがかわいそうだったなぁ……)

そんなことを思いつつ首を横に振り、帰ろうとすると目の前に2人の人物が現れた。

「よう……さっきのバトル、良いバトルだったな」

「撃破おめでと〜! これで全員メンバー倒したわね!」

三浦由佳と宝坂令次だ。


「……俺は……俺はもう1度、走ってもいいのか? 俺にはまだその資格があるのか?」

ポツリと令次が呟く。それに対して由佳が口を開いた。

「まだウジウジ悩んでるの!?」

「お前は……」

「アンタにはガッカリしたよ。首都高最速の走り屋「迅帝」―――。私にとってアンタはヒーローだった。

でも、今のアンタはどう?ただ過去に縛られて現実から逃げているだけじゃない。

目を覚ましなさいよ! これ以上、私を失望させないで!」

「…………」

だんまりを決め込んだ令次に対して、由佳はそれ以上何も言わずにRX−8に乗って去っていった。



V35で瑞穂のアパートまでついてきた令次は、瑞穂に口を開いた。

「いよいよスネークアイズと走るんだろ? お前にひとつだけ頼みがある。

3年前、俺はとある個人的な理由で走りの世界から降りた。俺の中の走りに対する

情熱は消え失せ、もう2度と首都高に来ることはないだろうと思っていた。

その後……俺はステージを移して峠やサーキットで腕を磨いた」

「そうですか……」

「何だ、あまり驚いてないみたいだな?」



「流斗さんから殆どの事は聞きました」

「……そうか。彼女の事も、全てか?」

「ええ…」

「なら話は早いか。俺は彼女を亡くしたショックからR34をクラッシュさせ、それをきっかけに

走りへの情熱は揺らぎ、走ることをやめた。それ以来首都高は、ドライブ程度にしか走っていなかったよ。

だけど、出会ってしまったんだよ。煮えたぎるような走りへの情熱を抱いたお前に―――。

あの日、俺は何かに吸い寄せられるように首都高へと上がった。

そして、お前とバトルした後、気づかされたんだ。俺の中にもまだ走りへの情熱が残っていることに、な」

「じゃ、じゃあ…」


令次の表情は今までに無い位ギラギラとした目付きになっていた。

「もう自分をごまかすことは出来ない。スネークアイズを撃墜することで、俺に見せてくれないか。

走るということの本当の意味を―――!」


令次が帰った後も、RX−7の前で瑞穂は考え込んでいた。

(僕が…)

レーサーとして足りない物を見つける為に首都高サーキットを走り始めたのが、

いつの間にか大事になって来ている。

(これ以上、事を大きくさせる訳にも行かない…か)

何だか保守的な考え方だが、全てを終わらせるにはそれしか無い。

そう思った瑞穂は工具を取り出し、RX−7のボンネットを開けた。



数日後。メカニック達にも手伝ってもらい、自分でいじってみたRX−7を走らせて

渋谷PAへ向かう瑞穂。そこにファントム9のリーダー「スネークアイズ」が居るとの話を

健斗から聞いたのだ。

そして待っていたのは、ど派手な黒の80スープラだった。

「早瀬瑞穂…だな?」

その隣に立っていた男が声をかけて来た。

金と銀の2色で髪の色を分けた、30代中盤と思われる男だ。

「そうです。ファントム9のリーダー、スネークアイズですね?」

その問いに男は不敵な笑みを浮かべて答える。

「いかにも。本名は木村 達也(きむら たつや)だ」

「木村……?」

瑞穂はその時、シフォンが言った言葉を思い出していた。

タツヤ・キムラとはこの男の事だったのか。


「やっと来たか―――。この時をどれほど待ったことか。

5年前、俺はこの場所で1人の走り屋に敗れた。そいつはその後、首都高の頂点に立ち、

迅帝と呼ばれた。俺は自分の腕を磨くために渡米したが、一日だってあいつを忘れたことはない」

「5年前?」

「ああ。だが帰国後、あいつが首都高を降りたというウワサを聞いて、俺は愕然としたよ。

この5年間はいったい何だったのか、と―――」

達也はそこで言葉を一旦切り、瑞穂に一歩近づく。

「そんな時、お前の存在を知った。

マシンも走りも別物だが、どこかあの走り屋――迅帝に通じるものがあった。

俺はずっと待っていたよ。スカールバレットをけしかけ、ファントム9を送り込み、ただひたすら、

お前が迅帝に匹敵する実力を蓄えるのを待った。

迅帝はお前をサポートしてきたつもりかもしれないが、それは違う。お前を育てたのは俺だ。

そして、お前は俺に撃墜されるためだけに存在する!」

「そんな……」


達也はジーンズのポケットからスープラのキーを取り出し、その先端を瑞穂に向ける。

「手加減は無用だ。お前の実力を見せてみろ!」



タイムアタックバトルで渋谷線からC1内回りへ入り、台場線へと抜け湾岸線へ

合流して少し進んでゴールとなる。

首都高サーキットの中でも、かなり長丁場のレースだ。

美幸の時と同じく、本線に合流したらスタートになる。

達也のスープラはかなり派手だが、性能はどうなのだろうか?


(行くぞ…)

ハンドルをぎゅっと握り締めた瑞穂は、加速で前に出ようとニトロを噴射。

しかし追いつくどころか、逆に引き離される。

(えっ!?)

達也のスープラは極限まで加速力を重視している為、加速では負けない。

瑞穂のRX−7の方が330キロは出る為、最高速では勝っているのだが。

それでも最初の渋谷線区間はストレートが長い為どんどん引き離されていく。

(くっ……!)

今はとにかく我慢をして、仕掛けるのであればC1から台場線の区間だろう。


視界から80スープラが完全に消え去っても、SPバトルで無い以上、我慢して走り続ける瑞穂。

焦りを懸命に押さえ込み、後半のコーナーで失速しないようにタイヤを出来るだけ温存する。

とは言っても渋谷線はコーナーが無いような物なので、ニトロを使って出来るだけ

スピードを上げるのも大事だ。330キロまで加速して、達也を追いかける。


(僕達レーシングドライバーは長丁場のレースを戦う以上、ただ速いだけじゃ駄目なんだ。

相手が見えなくなっても冷静に走り続けられる事、走り続けることに耐えられる体力を

身につける事、駆け引きの上手さ、そして……最後まで走りきり、車を壊さない事!)

この前の樹とのバトルでは、少しリアをぶつけてしまった。

ああ言う事を実際のレースですれば、どこかにアクシデントが起こらないとも限らない。

高価なレーシングカーを壊せばプロとして失格だ。


渋谷線を抜けた瑞穂は、未だに達也が見えぬままC1内回りへ。

ただひたすら、自分の腕とRX−7を信じて、スープラの姿が見えるのを待つ。

ここからはコーナリング勝負だ。

軽いボディを活かして良い突っ込みを見せ、しっかり立ち上がりではアクセルを踏んでいく。

シルビアの時もそうだった。しっかりとアクセルを踏んで、前に前に車を進ませる。

レースにおいて無駄なアクションはいらない。


そして……。

(見えた!)

芝公園の連続シケインで、スープラのテールが見えてきた。

東京タワーを左に見つつ、その連続シケインをクリア。その先の分岐で完璧に追いついた。

瑞穂はスープラのスリップストリームに入る。

(追いついて来たか。それでこそ戦い甲斐があるってものだ!)

スリップに入ってきた瑞穂の白いRX−7をミラーで見つつ、更にアクセルを踏み込む達也。

少しずつまた差を広げるスープラ。


この先はまたストレートが少し長くなる。RX−7のニトロは少しだけ残っている。

どこで使うか。それは1つしか無い。

(レインボーブリッジ!)

スープラは重い為、これだけ長い間走ればほとんどタイヤも限界に来ているはずだ。

それでもそれを感じさせないコーナリングで、前へと進ませる達也のテクニックは素晴らしい。


そのままコースは台場へと突入し、レインボーブリッジへ。

レインボーブリッジの上で、最後のニトロを噴射して喰らいつく瑞穂。タイヤはまだ大丈夫だ。

(ここが踏ん張り所……! 向こうのスープラのタイヤはもう、絶対終わってる!)

そしてその先の高速左コーナーで、スープラがわずかにアウトに膨らむ。

それを見逃さず、アクセルオフだけでコーナリングした瑞穂は、インから達也のスープラをパス。

(抜かれた……!!)

加速で何とか追いつきたいが、磨り減ったタイヤでは上手くグリップしない。重い車の弱点だ。

そのままずるずるとコーナーで引き離され、湾岸線に入っても追いつく事が出来ず、

RX−7は闇の中へと消えていった。

(……俺の負けだ……)



辰巳PAには寄らず、そのまま自宅へと戻った瑞穂。

そこには令次が待っていた。

「…良くやったな。スネークアイズを倒したんだってな」

「ついさっきのことなのに、もう知っているんですか?」

「ああ。いい走りだったな。見ていて、胸が熱くなったよ」


そして、令次は驚きの発言をする。

「そして、今さらながら気づいた。理屈じゃないってコトに、な。

そんなことはどうだっていい。大事なのは走り続けるという“意志”。そのことに気づかせてくれたのはお前だ」

「……と言う事は…」

「近いうちにV35を売って、新しい車を買う。ブランクがあるから、俺のブランクが埋まったら勝負しよう。

礼を言わなくっちゃな。ありがとう……いつかお前といっしょに走りたい。次は首都高で会おう―――」


「迅帝」の復活が、ここに宣言された。

ふっ、と笑った令次はV35に乗り込み、その場を後にした。


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