第8部第9話
藤尾と大木のバトルが終わってからも、瑞穂はファントム9の情報を集めつつバトルして行く。
RX−7も更なるチューニングを施し戦闘力を強化する。
そのファントム9に勝つために。
ファントム9のメンバーはそれぞれのエリアに散らばっている。
C1に3人、新環状に3人、渋谷に1人、新宿に1人の振り分け。
リーダーはその8人を倒すと現れるらしい。
という訳で、瑞穂はまず渋谷線へと向かった。
そこに待っていたドライバーは、瑞穂と同じくFD3SのRX−7に乗った女のドライバーだった。
「あ、いたいた。ずっと探してたんだよ。バトル、するよね?」
「こんばんは。ファントム9のメンバーの方ですか?」
「そうでーす。藤田 美幸(ふじた みゆき)って言うの。楽しいバトルになりそうだねー」
何だか元気が良いのか、天然系なのか……と瑞穂は思いながらも、美幸と勝負することに。
シフォンと同じく、タイムアタックバトルで勝負だ。
コースは渋谷線をC1方面へ走っていき、C1外回りへ合流。
霞ヶ関トンネルの出口でゴールとなる。
渋谷方面からC1方面へUターンし、料金所だった所を抜けて本線に合流した時点で
全開走行に移る。
白いRX−7と水色のRX−7のワンメイク勝負だ。
満を持してスタート。最初はニトロを噴射して瑞穂が前に出る。
美幸は引き離されない様に、スリップストリームに入って食らいついていく。
(加速が凄いわね。少しでもハンドル操作をミスったら即クラッシュ!)
ぎゅっとハンドルを握りしめ、瑞穂のRX−7に食らいついていく。
(天然系かと思いきや、いい走りをするなぁ)
この操るのが難しいRX−7をしっかりコントロールし、直線でついてくる。
女でもファントム9のメンバーと言うだけの事はある。
(由佳さんや美幸さんみたいに、サーキットでも女レーサーが結構増えているからな)
しかし。どうやら美幸のRX−7は加速重視のセッティングだったようだ。
320キロを超えた辺りでスピードが伸びなくなってきた。
(くっ……スピードが!)
スリップをギリギリまで使うが、それ以上の最高速が出る瑞穂のRX−7は離れていく。
最後まであきらめずに走りきった美幸ではあったが、13秒の差をつけて先に
瑞穂がゴールしていたのであった。
その後近くのPAに入った瑞穂は、美幸が来るのを待っていた。
「えー、何で負けちゃったのお!? ぶー、ぶー」
「それは……加速重視だったからじゃないですかね。いくらC1に合流するって言っても、
渋谷線は結構直線あるから……」
「ねー、どーしてそんなに速いの? なんか秘密があるんでしょ?」
「あはは……昔から走ってますから」
「そうなんだ。じゃあ納得。それじゃまたね!」
PAを出た瑞穂は、そのまま汐留PAまでRX−7を走らせる。
そこには赤いZ33に金色のZ32、そして黒に近い灰色のR34GT−Rが停まっていた。
その赤いZ33のドライバーに瑞穂は近づく。
「あの……すいません」
「ん? 何?」
「この辺りに、ファントム9のメンバーがいるって話を聞いてきたんですけど」
すると、Z33のドライバーがそれに反応した。
「兄さん、またカモが迷い込んできたみたいだよ」
それに続いて、Z32とR34のドライバーも反応する。
「おっ、こいつ、スカールバレットを撃墜したっていう走り屋だな。いっちょ、俺たちの実力を見せつけてやるか」
「そうだな。お前を撃墜して、俺たちの力がどれほどのものか、スネークアイズに思い知らせてやるいい機会だ」
Z32の男は過激で、R34の男がやや老けているので長男らしい。
Z33の男は1番若そうなので三男だろう。
「あ、自己紹介が遅れましたね。僕は早瀬瑞穂って言います。よろしく」
「俺は蒼山3兄弟の三男、蒼山 俊吾(そうやま しゅんご)だ。よろしくな」
「次男の蒼山 孝彰(そうやま たかあき)だ。軽くひねってやるぜ」
「長男の蒼山 瑞希(そうやま みずき)だ」
バトル形式は連続でバトルするSPバトルの「チェーンバトル」。
汐留PAを出て、銀座の上り坂を上り切った所のC1と新環状への分岐からスタートだ。
分岐は先行した方が好きな方へ行ける。
最初はZ33の三男、俊吾が相手だ。
坂を上り切った所で2台はアクセル全開。同時にニトロを吹かして俊吾の前に出る瑞穂。
(良し……先行した!)
分岐は迷わずC1方面へ。
軽いRX−7の車重を活かし、高速コーナーをとんでもないスピードで駆け抜ける。
Z33は重いボディのため、攻めて来てはいるがずるずると引き離される。
(くぅ! 離されるのか!?)
(Z33は直線が速いから、一気に引き離そう!)
直線で追いついてくる俊吾ではあるが、コーナーはRX−7が有利。
環状線はコーナーが多いので、アンダーに気をつけて1つ1つ確実にクリア。
ちらっとバックミラーを見ればジリジリと引き離されて行くのに焦ったのか、
俊吾はコーナーと言うコーナーでアンダーを出しまくっている。
本当にボスなのか? と思うが紛れもなくボスである。
こうして俊吾はあっさり瑞穂に振り切られてバトルに負けたのであった。
続いて、千代田トンネルの1つ手前のトンネル、北の丸トンネルで次男の
孝彰が追いついてきた。
俊吾より1つ前のZ32フェアレディZだが、なかなか速そうだ。
(俊吾の仇は俺が取る。さぁ、行くぜぇ!)
最初はニトロを少しだけ使い、俊吾のときと同じく先行。そのまま千代田トンネルへ入る。
入り口のきつい左コーナーでは、曲がりにくいZ32を強引に曲げて来る孝彰。
しかし、コーナーの立ち上がりでは加速があまり良くない。
(最高速重視なの……?)
ならコーナーで勝負、と言わんばかりに、壁ギリギリのアタックをくり返す瑞穂。
それは瑞穂自身が一番驚くぐらいの攻め方だ。
千代田トンネル内の左コーナーをアクセルオフのみで駆け抜け、一気にZ32を突き放す。
(俺が…は、離される!?)
最高速重視の為渋谷線では強敵となっただろうが、このC1では孝彰のZ32が
瑞穂に追いつくのは無理だったようである。
その後は千代田トンネル出口までにあっさり孝彰をぶっちぎり、2勝目を奪い取った。
最後は赤坂ストレートで、長男瑞希のR34GT−Rと勝負になる。
最初はニトロを使って先行。帰るついでに最後のバトルとなった。
しかしここで誤算が生じる。GT−Rにパワーで負けるのは当たり前だが、いつもの様に
バトルをしすぎてしまった。
おかげでタイヤがまともにグリップしない。エンジンの調子はそこそこであるが……。
(くっ、これはまずい! 僕とした事が!)
だがこっちから仕掛けた以上、瑞穂は瑞希に最後まで付き合う事にする。
RX−7のステアリングをこじらせ何とかフロントタイヤをグリップさせる。
瑞希のR34は一向に離れない。
(向こうの突っ込みが苦しそうだ。タイヤか?)
幼い頃に両親を亡くし、弟2人の親代わりとなってきた瑞希。沢山苦労して来た
苦労人のため、年齢よりも老けて見られる。
その苦労の甲斐が合ったのか、どんなバトルでも冷静さを失わない。
コーナーでは負けるが、それでも瑞穂のRX−7に数少ないC1の直線で
R34のパワーを活かしてしつこく食い下がる。
が、運も実力の内と言った所であろうか。
芝公園の連続S字に入った瑞穂と瑞希の前に、ソーイングしながら走っている
赤い180SXが現れる。
しかし何かをふんでしまったのか、目の前でその180SXはスピン!
(うわっ!?)
とっさにブレーキングとハンドリングで瑞穂は回避したが、ボディ左を壁に少しぶつけてしまう。
だが後ろの瑞希は大きく道を塞ぐように停車した180SXを回避する為に
わざとスピンしていた。これで大きく瑞穂との差を広げられてしまい、
偶然ではあるが瑞穂は勝利してしまった。
(助かった……もしあの180SXがスピンしなかったら、絶対に僕負けてた。まぐれだな……)
ちょうど目の前に汐留PAがあったので、PAに戻った瑞穂。
彼は3兄弟が帰って来るのを待っていた。
「う……兄さん、こいつ、なかなかやるよ!」
「チッ、油断したぜ!」
「俺達「蒼山3兄弟」が破れるとは……。さすがあの男がこだわるだけのことはあるな」
3兄弟のZ33、Z32、R34がPAを出て行った後、ふと視線を感じて瑞穂が振り向く。
そこには「白銀の貴公子」こと荒巻隼人と、令次が立っていた。
「3人連続のバトルはきつかっただろうに。よく勝てたな」
「隼人さん……」
「いったい何者なんだ?瑞穂……その若さであれだけのテクニックを持っているなんて」
令次も少し困惑気味だ。
しかし、その令次に対して隼人が口を開いた。
「あなたが迅帝ですね。探しましたよ。あなたの走りをずっと分析したいと思っていた」
その隼人の言葉に令次はかぶりを振る。
「知っているだろう? 俺はもう降りた人間だ」
「いいえ、違いますよ。迅帝は今もまだ走り続けています。あなたが首都高から
姿を消した後もずっと……。それをいちばんご存知なのはあなたではないですか?」
「…………」
瑞穂は特に会話を交わす事もなく隼人と令次と別れ、その日は家路に着いた。
翌日。新宿PAへとやってきた瑞穂はそこでアメリカのフォードが作った車である
マスタングの様な形の補助灯をつけた、赤い70スープラに遭遇。
ファントム9のメンバー「NAMAHAGE」である。
「こんばんわ。僕は早瀬って言うんですけど。ファントム9のメンバーの方ですよね?」
「そうだ。俺は久永 樹(ひさなが いつき)だ。やるのか? ……いいだろう」
新宿駅ロータリーを通り過ぎ、首都高サーキットへともう1度上る2台。
バトルはSPバトルだ。
ハザードを点け、10秒後にアクセル全開! 良いスタートダッシュを見せ、ニトロも使って前を取る。
スープラより軽い分、スタートダッシュでは負けていられない。
冷静に考えてみればパワーに差があっても、このバトルは十分に勝ち目がある。
SPバトルはアザーカーも走るので、思いがけないアクシデントがあったり、アザーカーが車線を
塞いでいて前に出られなかったりする。ましてこの新宿線は2車線。
アザーカーが真ん中を走っていれば、ブロックに使えたりもするのだ。
580馬力を搾り出す樹のスープラは、軽量化もされて重いボディを出来る限り軽くしている。
直線では追いつくことが出来るが、新宿線はきついコーナーもある。
そこで勝負をかける事にした瑞穂は、前半の直線部分は樹のプレッシャーから逃れるためにひたすら我慢だ。
(大丈夫……この先の直線部分が終わるポイント……トンネル出口で勝負だ!)
そしてそのトンネルへ突入する。
トンネル出口には緩い右コーナーの後に、きつい左コーナーが待ち構えている。
そこの区間で一気に突き放すため、瑞穂は勝負をかけた。
何と右コーナーでアクセル全開のまま、思い切りブレーキを遅らせて行く瑞穂。
(嘘だろ……! 死ぬ気か!?)
メンバー最年長で寡黙で落ち着きがあり滅多に動揺しない樹も、
瑞穂の突っ込みに背中に嫌な汗が流れた。
しかし瑞穂は右コーナー途中でブレーキをかけ、スピードを落としつつサイドブレーキを引く。
左にテールを振り出し、急激に向きを変えてスピードを落とすのだ。
スピードが速いこの状態ではかなり危険な技だが、そうでもしないとコーナーで差を広げられない。
少しリアを壁にぶつけはしたが、それでも何とか左コーナーをクリア。
そのまま全開でC1方面へ駆け抜け、樹のスープラをぶっちぎった瑞穂であった。
近くのPAへ入った瑞穂は、樹のスープラがやって来るのを待っていた。
「待っていた……お前が現れるのを……3年間ずっと……。過去を捨て、
ファントム9に加わったのも、いずれお前のような走り屋が現れると信じたからだ。
スネークアイズを撃墜しろ。首都高最速の称号はお前のような走り屋にこそふさわしい」
それだけ言い残し、樹はスープラでPAを出て行った。
「よう、やるじゃん」
いきなり誰かに声をかけられたので、瑞穂はビクッとしつつ声のするほうを振り向く。
そこには「ブラッドハウンド」こと鈴木流斗がアリストと共に立っていた。
「流斗さん……驚かさないでくださいよ」
「はは、悪い悪い。なまはげを倒したのか。あいつも迅帝と因縁があったらしいぜ?」
「あの人も?」
「ああ。何でもリーダーのスネークアイズからはかなり信頼されているみたいだ。……それとな、瑞穂」
瑞穂の目をまっすぐに見つめ、流斗が重苦しい感じで口を開く。
「迅帝が首都高を降りた本当の理由を知りたいか?」
「え? は、はい……」
一呼吸置き、流斗はポツリポツリと話し始めた。
「3年前のことだ。あいつの恋人が突然、病気で倒れてな。
だけど、当時のあいつにとって、クルマがすべてだった。
結局、ろくに見舞いにも行ってやれないまま、恋人は亡くなった。失ってからやっと気づいたんだろう。
自分にとって何が一番大事だったのかってことに……」
「そんな……」
「それ以来、あいつは腑抜けになっちまった。走りは精彩を欠き、バトルも不調。残された道は引退だけ。
だが…あいつはもう気づいているはずだ。自分自身の本当の気持ちに。
ファントム9を撃墜し、スネークアイズを破れ。そして、お前さんの走りであいつの目を覚まさせてやってくれ」
流斗は瑞穂に重大なお願いをし、アリストに乗って帰っていった。
(あの令次さんに、そんな過去があったなんて……)
複雑な面持ちになったまま、瑞穂もPAを出る事にした。