第8部第8話
「お前、幽霊の存在って信じるか? 昔、首都高で大クラッシュしたマシンがいたんだけど
最近、そいつが目撃されてるんだよ。……怖ッ!」
そんな話をC1のPAで、自称・走り屋の青年から聞いた。
オカルト話はどこにでもあることだが…この首都高サーキットにも、出てしまうらしい。
瑞穂自身は怖い話は別に苦手ではないが、そんなマシンがいるということは
1度会って見たい気がしないでも無い。
という訳で「be legend」の淳とのバトルから数日後、残りの真夜中のライバルを倒しがてら、環状線へやってきた。
外回りをぐるっとひとっ走り。
こうしてゆっくり走って見ると、いつもバトルしているときとはまた違う気持ちになれる。
(綺麗だなー……)
たとえサーキットになったとしても、首都高から見える夜景は公道だった頃の面影をしっかりと残している。
東京タワーを遠くに見つめつつ、穏やかな気持ちでRX−7を走らせる瑞穂。
だが、そんな穏やかな気持ちは霞ヶ関トンネルの中で終わりを迎えた。
後ろから1台の車がパッシングしてくる。
バックミラーを覗くと、そこには黒塗りのスポーツカーが1台。
ハザードをつけてバトルを了承し、横に並んでくるその車を見る。
それは黒のマツダRX−8だった。
しかしこのRX−8からは何だか威圧感を感じる。
(まさか…!)
この車かもしれない。あのPAで聞いた、大クラッシュした走り屋と言うのは……!
とりあえず威圧感ばかり感じていてもしょうがないため、ハザードを消してバトルスタート。
このRX−8、ブローオフバルブの音が聞こえた為ターボにしてあるらしい。
しかも加速重視のセッティングにしてあるらしく、恐ろしい勢いで加速していく。かなり速い。
……のは直線だけだった。
コーナーでも確かに速いのだが、余りラインをギリギリまで取ろうとしない。
やはりクラッシュしたから恐怖心が攻める事を抑制しているのだろうか。
対して瑞穂は臆することなく突っ込んでいく。
(戸惑い、不安、焦り、イラつき、そして…恐怖心。僕にだってある。でも、レースではそれを我慢して、
攻めて行かないと勝てない。向こうが立ち直る前に、抜いてしまえば!)
霞ヶ関トンネルから千代田トンネルへと突入した2台は、そのトンネル出口の上りながら
コーナリングする右コーナーへ向かっていく。
ここで早めにブレーキングしたRX−8の横にRX−7を滑り込ませ、インを取りつつ
突っ込み重視でコーナリング。そのままコース幅いっぱいまで使う。
アザーカーがコーナー出口にいないことは本当に運が良かった。立ち上がりでRX−8が
加速してくる前に、ブロックでラインを塞ぐ。
この先は高速連続コーナーが続く区間。リズムよくアクセルをコントロールし、SPゲージを
じわじわと削り取っていく瑞穂。そして連続コーナーを抜け、瑞穂の勝利で勝負は終わった。
汐留PAにRX−7を停め、アイスコーヒーを飲みつつ一休み。
するとさっきのRX−8が瑞穂のRX−7の隣にやってきて駐車し、中からドライバーが降りてくる。
(うわ……)
確かに昔大クラッシュしたのだろう。ドライバーは顔に大きな傷が2つもある男だった。
「よう……さっきのRX−7はあんただな?」
「は、はい」
「そうか。俺は藤尾(ふじお)って言うんだが、由佳から話は聞いてる。昔一緒に走っていたんだ」
「由佳……ああ…12時過ぎのシンデレラですか?」
「そう。その三浦由佳だよ。良かったら名前を教えてくれないか?」
「早瀬……です。よろしく」
瑞穂は失礼を承知で、本当にクラッシュしたのかを聞いてみることに。
「あ、あの……PAで噂になってるんですが、昔クラッシュした走り屋は……」
「ああ……その話なら本当だ。俺だよ。でも俺は何だか死んだ事になっているらしいな」
本当はこの通りピンピンしているんだがな、と苦笑いしながら付け加える藤尾。
前はS15シルビアに乗っていてクラッシュして廃車になってしまい、このRX−8に乗り換えたのだとか。
「僕と同じだ……」
「え?」
「僕も前、S15に乗っていたんですよ。エンジンブローをきっかけにこのRX−7に乗り換えたんです」
「そうなのか……。まぁ、人間は恐怖心を感じる事は絶対あるからな。俺は今そのリハビリ中と
言った所か。クラッシュの記憶が今でも頭から離れないもんでね。じゃ、君も気をつけてな」
ブローオフバルブの音を響かせ、藤尾はRX−8に乗って去って行った。
そしてその数週間後、RX−8で彼がまたクラッシュしそのRX−8は廃車になった事を瑞穂は知らない。
藤尾とのバトルを終え、自分も帰ろう……とRX−7に乗り込もうとした瑞穂。
だがふとPAの隅に目をやると、そこには見慣れないシルバーのV35スカイラインクーペが
1台停まっているではないか。
(まだバトルしていない人だな…)
瑞穂はそのV35に近づいて行く。するとV35の陰からぬっと1人の男が姿を現した。
「……何か用か?」
明らかにこちらを警戒している人だなとわかるこの男。人見知りが激しそうだ。
「あの、僕とバトルをして欲しいんですけど」
「……そう言えばあんた、良く見かけるな。……ほぉ、そこそこ経験は積んでいるようだな。
いいだろう、挑戦を受けてやる」
「ありがとうございます。良くわかりましたね。僕は早瀬です」
「大木(おおき)だ。よろしく。マシンの痛み具合を見れば経験があるのはわかるさ……」
バトル形式はC1内回りのタイムアタックバトル。
最初は瑞穂がニトロを使い、V35の前に出る。しかしV35もしっかりとついて来る。
結構なカスタムがされている様だ。
しかしここは環状線。コーナリングスピードが速いRX−7がV35をジリジリと引き離していく。
その後も気を抜く事無くゴールまで走り続けた瑞穂だったが、大木は追いついて来る事は無かった。
「経験がしっかり身に付いているようじゃないか。俺が教えてやれることはもう何も無い」
それだけ言い残して、大木は少しの現金を瑞穂に手渡して去って行った。