第8部第6話
「もうこれ駄目か……」
チームのガレージで動かなくなったシルビアを見て、瑞穂はシルビアのボンネットに突っ伏して落ち込む。
車好きにとって愛車と言う物は自分の子供みたいなものだ。失ったショックはかなり大きい。
(僕……僕これじゃ……)
これじゃあこの先もう走れ無い。どうすればいいんだろうか…。
だが、チームはそんな瑞穂のために新しいマシンを用意した。
白のFD3S・マツダRX−7だ。
「これで今度は走るのか……ありがとう…みんな……」
本当に、チームのみんなには感謝しても仕切れ無い。
だが令次の正体がわかった数日後、瑞穂の家に黄緑のR32GT−Rがやってきた。
(何だろう、あのR32……)
中から降りてきたのは、ピンク色の頭をした同い年位の男。
「RX−7の早瀬瑞穂……ってのは、君かい?」
「そうですけど……」
「ここがアンタの秘密基地かい? 今をときめく有名な走り屋のガレージっていう割には薄汚いねぇ」
「何だよあんた、名前も名乗らずに」
いきなり失礼な物言いをしてくる男に瑞穂はムッとなるが、男は構わず続ける。
「おっと、失礼。自己紹介がまだだったな。オイラの名前は日向 健斗(ひゅうが けんと)。
クレイジーモンキーっていう呼び方のほうが通りがいいカモな。ファントム9というチームのエースといったところだ」
まさかのファントム9のメンバーが自宅を突き止めてやって来た。個人情報の流出って怖い。
「C1のトップ3を撃破し、スカールバレットを破ったアンタにウチのリーダー、スネークアイズが
とても興味を持っていてネ。アンタは知らないかもしれないけど、ファントム9は
首都高最強のチームと呼ばれてンのよ。アンタみたいな走り屋にチョロチョロされると正直、迷惑なんだよね」
「は、はあ……」
「これ以上、勝手なマネをするんなら、本気でツブしにいくんで、そのつもりで。今日のところはこれで失礼するよ」
騒がしい人だなぁ、と思いつつ、瑞穂は走り去っていく健斗のR32を見送った。
「ファントム9(ナイン)」。
その名前を聞けば、今の首都高サーキットの走り屋たちはほとんどが知っているという。
高度にチューニングされたマシンと、それを操る凄腕のドライバー9人が集まって結成されたチーム。
そのリーダーの「スネークアイズ」はかつて、この首都高で活躍していた走り屋らしい。
瑞穂の前に立ちはだかる9人の走り屋。
それをプロとして、レースで飯を食う身として倒していかなければならないのだ。
ライトチューンのRX−7が新環状線を駆け抜ける。
シルビアほどのパワーは無いが、それでもかなり速い。
プロは車の性能を使い切らなければならない。
ライトチューンでも、それ以上の性能を引き出して走るのがプロレーサーなのだ。
(コーナーが速い!)
流石コーナリングマシンといわれるだけありシルビアよりピーキーだが、
その分速くコーナーを攻めることが出来る。
50:50の理想的な前後重量配分を実現した車が、マツダRX−7だ。
そしてコースも新たなコースが開通した。渋谷線と新宿線である。
渋谷線はコーナーとは言えない様な、ストレートに近い高速コーナーが続く。
速い車になれば320キロオーバーも可能だ。
その情報を首都高の走り屋から聞きだした瑞穂は新宿線へと向かう。
ここでなら、何とかライトチューンでもいけそうだ。
新宿線は、勾配が付いていれば高速ワインディングと言っても過言では無い。
渋谷線とは逆で、コーナーが多く、しかもロータリーを通って戻ってくる。
直角コーナーもあるので、ブレーキングには注意しなければ。
RX−7のコーナリング性能を活かし、コーナーで相手を抜く。これも一種の快感だ。
そうしてライバルを倒して行き、瑞穂自身も3年前のカンを取り戻してきた。
RX−7が1番合っているわけではないし、特に好きな車ではないのだが、ただ速ければ何でも良い。
3年前にRX−7を選んだのだって、スープラやGT−Rは重いので却下だったからということからだ。
そうして渋谷線、新宿線のライバル達を倒し、その見返りにチームでRX−7をチューンしてもらう。
エンジン関係は勿論の事、RX−7の高いコーナリング性能を高める為に
サスやブレーキを強化し、セッティングも首都高サーキットで繰り返す。エアロパーツは
マツダスピード製で決めてみた。
NOSシステムはシルビアから移植し、そのまま使用している。
そんな中、真夜中の時間帯に新環状、辰巳PA、芝浦PAで8人の走り屋に遭遇した。
この8人と、リーダーを総括して9人でのチーム名は「Be Legend」。
いずれもかつて名を馳せた実力のある走り屋が揃っている。
しかし、年齢のピークを過ぎていたり、事情があって走りの世界から離れていたなど、
それぞれ問題を抱えていた。そんな走り屋たちを集め、音速のナポレオンがチームを結成した。
お互いに刺激し合うことで往年の走りを取り戻すことを目的とした、別名「走り屋再生工場」。
もともと、マシンもテクニックも申し分のないメンバーが集まっているので、あっという間にトップクラスに躍り出た。
そんな9人は、リーダーが「音速のナポレオン」、メンバーが「クイーンズナイト」、「ハードリフ」 、「エキゾーストイヴ」
「黄金の疾風」、「シタール兼山」、「パープルメテオ」、「ブループレッシャー」、「影の謀反者」である。
まずはメンバーを倒しに、瑞穂は新環状右回りへと向かう。
走っていたのは「黄金の疾風」と「エキゾーストイヴ」と「ハードリフ」だ。
車は「黄金の疾風」がオレンジの鷹目GDBインプレッサ。「エキゾーストイヴ」が白のGC8。
「ハードリフ」が白のZ32である。
早速バトルを仕掛ける瑞穂。3台同時にバトルするので、瑞穂を含めて4台でのバトルだ。
最初はNOSを噴射して先行する。湾岸線の部分で仕掛けたので、
目の前には台場へと向かう上りながらの右カーブ。ここはしっかり減速してコーナリング。
軽量なボディのおかげで、コーナリングはGC8以外の重い2台よりは遥かに楽だ。
エキゾーストイヴのGC8は瑞穂よりもコーナリングスピードが遅いが、立ち上がりで踏ん張る。
その後細かいコーナーを抜け、以前瑞穂が3台よりも前。そのままレインボーブリッジを抜け
S字区間へ突入。コーナリングで流されていく3台をミラーで確認しつつ
引き離していき、勝敗は決した。
続いては「影の謀反者」と遭遇。車は赤の新型クラウンだ。
まずは緩いコーナーがだらだらと続く高速セクション。
最初は軽さで飛び出した瑞穂が、そのまま前で突っ走る。しかしクラウンも負けては居ない。
(結構食いついてくる。まぁ、クラウンは排気量がでかいからなぁ)
そのまま突っ走り汐留S字へ進入。結構奧まで瑞穂は突っ込んでブレーキング。
そのまま軽さを活かしてコーナーを駆け抜け、立ち上がっていく。
だがバックミラーにはクラウンのライトがはっきり映っている。しかも立ち上がりで抜かれた。
相当排気量があるので、これではストレート勝負は無理だ。
なのでコーナーで勝負するしか無い。
とりあえずストレートでは勝ち目が無いので、多少荒っぽくなるがアザーカーを使って
スリップストリームで速度を稼ぐ。
(良し、追いついた!)
ブレーキングでクラウンに食いつく瑞穂。結構精神的に余裕を持ち、クラウンのテールを眺める。
(そろそろ抜くか……)
銀座を越えて新環状線へ分岐する、右ヘアピンに近いコーナー。
クラウンは目一杯の良い突っ込みを見せたが、瑞穂はあっさり立ち上がりで右側からパスして振り切った。
近くのPAに入ると、後から少し遅れてGDBとGC8とZ32、そしてさっきのクラウンがやって来た。
「あれ……?」
GDBからは緑色の髪をした男、GC8からは髪がピンクと金の2色の女、Z32からは金髪の男、
クラウンからは赤髪の男が1人ずつ現れた。
「俺は松原 周二(まつばら しゅうじ)。見事だった」
「俺達3人をあっさり振り切るとはやるね。俺は穂村 浩夜(ほむら こうや)だよ」
「ふーん、君が噂の白いRX−7か。私は百瀬 和美(ももせ かずみ)よ」
「橘 陽介(たちばな ようすけ)だ。ブレーキングで結構ついて行ったつもりだったんだけど、
さすがに駄目だったか、このクラウンじゃあ……」
この4人は昔、ゾディアックというチームで一緒に活動していたとの事。仲も結構良いらしい。
と、瑞穂のRX−7を見ていた浩夜がこんな事をポツリと呟く。
「RX−7だったらリーダーなんて、目じゃないかもしれないな」
「え? どうしてそんな事が言い切れるんですか?」
瑞穂の問いに対し、周二と陽介と和美が続ける。
「余りリーダーは速く無いから」
「そうそう。あいつはただ、俺等をかき集めただけだったしな。でも、別に嫌いって訳じゃないぜ」
「健闘を祈るわ。それじゃね」
そんな事を言い残し、4人は去って行ってしまった。