第8部第5話


有と奏哉を倒し、残るは「夜明けのガーネット」だけである。

シルビアは更にチューニングされ、ニスモのフルエアロで武装された。リアのでかいウィングが目を引く。

これによって高速区間での安定性が増し、より多くのライバルをぶっちぎることが出来るようになった。

しかしやはり、ハイパワー車にはストレートで負ける場面も多い。

(やっぱり、車が重要だよなぁ…)

そう思いつつも、とにかく目の前の首都高のライバルを倒していくことに。早朝は走りやすい。


そして、ようやく1週間後に「夜明けのガーネット」に遭遇。

新環状線右回り、レインボーブリッジの少し手前からスタートだ。

赤のS15シルビアと、同じく赤のR32GT−Rの対決。

赤は人間が興奮しやすい色なので、瑞穂のテンションも少しは上がってきている。

(行くぞ……!)

スタートダッシュで先行したのは、ニトロを使った瑞穂のシルビアだった。


湾岸線から新環状線へ入り、上りながらの右コーナーへのブレーキング。

しかしR32のブレーキングは凄かった。

重い車とは思えない程の突っ込みからフルブレーキ。

ややテールスライドしながらも2車線を一気に使い、分離帯区間を駆け抜ける。

(あ……あそこまでブレーキ遅らせるか!?)

瑞穂も何とかR32に食らいついてクリア。コーナリング速度はこっちが軽いために瑞穂の方が速かったが、

さっきのブレーキングを見せられて、軽いパニック状態に陥っている。


(これは……でも、コーナーなら勝負できる!)

深呼吸をして落ち着きを取り戻し、アクセルを踏み込む。

(悪いけどね……コーナーはこっちの方が速いんだよ!)

レインボーブリッジ後には左、右のS字コーナーが来る。

ブレーキングはR32の方が奥まで突っ込んで行ったが、立ち上がりで若干のふらつきがあった。

そこを瑞穂はしっかり捉え、立ち上がり重視で2個目の右をコーナリング。

そのまま立ち上がりで前に出て勝負あり。R32はスローダウンして行った。


「夜明けのガーネット」は由佳と同じ、女のドライバーであった。

「こんばんは」

「こんばんは。夜明けのガーネットさんですよね?」

「ええ、そうよ。名前は七瀬 静音(ななせ しずね)よ。よろしく」

「早瀬瑞穂です。あのブレーキング技術、すごいですね」

聞く所によると、この静音は10代の頃からサーキットで走っている為

プロ顔負けのテクニックを持っているらしい。

「でも、あのブレーキングをよくかわしたわね。あなたこそ何者なの?」

「僕は……昔、首都高を走っていたので」

「そう。餅は餅屋って事かしら。……それじゃ、私は帰るわ。スカールバレットにも連絡しておくわね」



家に戻った瑞穂の前に、今度は「ブラッドハウンド」こと鈴木流斗が待ち構えていた。

瑞穂は何故流斗がここにいるのかと疑問を持ったが、大体見当はついていた。

「……由佳さんに教えてもらったんですか?僕の家」

「そうだ。ついにスカールバレットの仲間を全員撃破しちまいやがったか。

お前さん、なかなかやるじゃないか。これでスカールバレットも黙っちゃいないだろう。

いよいよ来るべき時が来たって感じだな。あの男、あっちの非合法レース界では

相当速かったらしいよ。油断していると、足元をすくわれるぜ」

「わかりました。アドバイスありがとうございます」

「シルビアも結構速くなったみたいだが、そのシルビアを操るテクをどこで身につけたんだ?」

「え、え……と、昔首都高を走っていて、今はサーキットで走っているんですよ」

その言葉に、流斗はほう、と感心した顔つきになる。

「サーキットね。なら上手いのも当然か。サーキット走っている奴らは本当に上手いからな」


一拍置いて、流斗は少し目付きを変える。

「そう言やぁ、迅帝のヤツ、こっそり戻ってきているんだって? まったく、俺に挨拶もなく、あいかわらず冷たいよなぁ」

(ああ……)

そう言えばそんな事を隼人も言っていたなーと思い返す瑞穂を無視し、流斗はお構い無しに続ける。

「あいつとは古い付き合いでね。俺がまだ十三鬼将と呼ばれていた頃からの腐れ縁だ。

だから、俺はあいつの性格を知り尽くしている。あいつだってこのまま終わりだとは思っちゃいないだろう。

だが、まだ気持ちの整理ができていない。今はそっとしておいてやったほうがいいかもナ。

……まずはスカールバレット戦、頑張れよ!」

そう言い残し、流斗はアリストに乗って去っていった。



そのスカールバレットに連絡が行ったのか、数日後辰巳PAでついに出会うことが出来た。

だが、奴の車はまだ発売されて無いはずのランサーエボリューション10!

(な、何でこんな車に乗っているんだ……!?)

プロレーサーの瑞穂でも驚き気味だ。このドライバーにはそこまでの人脈があるのだろうか……。


そのスカールバレットは自己紹介をする。

シフォンと申します」

「早瀬瑞穂です」

「待っていましたヨ、あなたのことを。日本のHASHIRIYAをちょっと見くびりすぎていたようです。

私がここに来た理由、もうご存知ですネ?」

「勿論。ところでお聞きしたいんですけど、ここの3人はアメリカで知り合ったんですって?」

「はい。3年前、1人のHASHIRIYAが私の国にやってきました。その男はスネークアイズと呼ばれ、

次々とツワモノたちを撃破し、ストリートレース界では一躍、有名人となったのです。

そして、ある日、私はスネークアイズと対決しました。

結果は―――あの男の勝利。

その後、スネークアイズが日本に戻ったという噂を聞き、私はあの男を追って

日本にやってきたのです。―――アメリカで受けた屈辱を晴らすためにね」


どうも、シフォンはライバルが居てそれを追ってきたらしい。

「ライバル……ですか?」

「はい、80スープラに乗ったタツヤ・キムラと言う人です。私の悲願がもう少しで

叶おうという時にあなたが現れたのです。スネークアイズを撃破する前にあなたを破る。

そうすることで、あの男も私に対する評価を改めることでしょう。……話が長くなりました。

準備が出来たらいつでも声をかけてください」

「いえ、もう準備は大丈夫です。やるからには僕も全力で行きますよ」

「準備はできましたか? それではショータイムの始まりです!」


コースは新環状線左回りで勝負。

シフォンとのバトルは、決められたコースのタイムを競う「タイムアタックバトル」だ。

とはいえ2台同時に走るので、普通のレースゲームの勝負となんら変わりは無い。

SPゲージも無いのでぶつけても引き離されても、とにかく相手より前でゴールすれば勝ちなのだ。

新環状左回りからC1外回りと合流する銀座へ行き、銀座の橋桁を使った分離帯部分を

2つ駆け抜け、その先のS字コーナー手前までが区間となる。


ハザードを消して、バトルスタート。

瑞穂はニトロを噴射し先行する。しかし後ろからはぴったり着いてくるエボ10。

コーナーで引き離すが、相手はストレートと立ち上がりで追いついてくる。

これは長引かせてはまずいと思い、瑞穂は短期決着をもくろむことに。

(……こっちの方が軽い! 勝負をかけるなら少し先のS字コーナー!)

湾岸線を駆け上り、大きく回りこむ左コーナーを抜けて少し進むと、左、右、左と曲がる連続コーナーがある。

こっちはFRなので、コーナーの速度は腕次第では4WDより、速く走れる可能性がある。

ぐっと加速し、アクセル全開でギリギリのラインで駆け抜ける。直線ではシルビアよりエボ10が速い。


そのまま勝負は問題のS字コーナーへと入っていく。1個目の左をやや捨て気味に進入し、2個目のアプローチへ。

2個目でアウト側から進入して大きくラインを取り、左コーナーも立ち上がり重視で抜けた。

(ここだ!)

立ち上がるスピードがエボ10より速かった瑞穂は、そのまま少しエボ10を引き離して環状線外回りへと向かう。

銀座の直線では少し差を詰められるが、この先には橋桁の分離帯が待ち構えている。

ここでギリギリのラインを取り、しっかりエボ10を引き離してコーナリング。2個目も綺麗に抜け、ゴールが見えてきた。

最後にエボ10を振り切るためにニトロ全開。


しかし次の瞬間悲劇が起こった。

「うわっ!?」

どーんと言う派手な音がして、シルビアのボンネットから茶色い液体が…おそらくオイルだろう。

エンジンブローさせてしまったのである。

そのままゴールを抜け、その先のS字を抜けたところまで必死にハンドルで安定させつつ、慣性で走らせる。

そしてそのS字にある避難帯まで寄せて、シルビアを停めた。


予想はしていたがエンジンブローは痛い。

その時、シルビアの異変に気がついたスカールバレットがやってきた。

「やっちまった……」

「エンジンブローですか?」

「無理をさせすぎた。だが、それでも僕はあんたに勝った」

「……そうか。完全燃焼ですね」

シフォンは言いつつ、エボ10のトランクからロープを取り出す。

「下まで牽引します。何なら、私が下まで送って行きましょうか?」

「……お願いします」

「わかりました。では行きましょう」


シルビアをチームのガレージへと牽引してもらい、シフォンに家まで送ってもらう。

その車内で、シフォンはアメリカに居た時のことを話してくれた。

突然現れた黒の80スープラにあっさり負けてしまったこと。余りにも悔しかったこと。

そして、シフォンは瑞穂に驚きの発言をする。

「私はその人を倒すまでは負けられないと思っていたんですが、今日、あなたに負けちゃいました。

……ということで、そのライバルを倒すことを……あなたに託します」

「え…ええっ!?」

突然の約束に、瑞穂はびっくりした顔になる。しかし、そんな瑞穂の頭をシフォンはくしゃくしゃと撫でた。

「あなたならきっと出来ます。私を倒したんですから……このハイテクマシンをね」



シフォンと約束をし家に帰った瑞穂の前に、宝坂が現れた。

「スカールバレットを破ったそうだな。まったく、お前には驚かされっぱなしだ」

「もう知ってるんですか?」

「ああ。そう言う情報は伝わるのが早いんだよ」

だが、今日は瑞穂からも聞きたい事がある。

「宝坂さん、僕もあなたに驚いています。色々な所で噂が出ていますからね」

「噂……?」

「とぼけないでくださいよ。今こそ青のスカイラインクーペに乗ってるけど、

昔はもっと速い車に乗ってたんでしょ? ……例えば、伝説のマシンとか」


瑞穂がそう言うと宝坂は一旦目を閉じ、再度開いて瑞穂を見てから口を開く。

「OK、わかったよ、俺の負けだ。俺のフルネームは宝坂 令次(たからざか れいじ)

確かに俺はかつて、迅帝と呼ばれていたことがある。誰が決めたのかは知らねぇが、

『首都高最速の走り屋』なんて言われていた」

そこで一旦言葉を区切り、令次はかぶりを振った。

「だがな、そんな称号には何の意味もないことに気づいちまったんだよ。

しょせん、チューンドマシン同士のバトルという狭い世界でのちっぽけな栄誉に過ぎない。

それでもお前が目指すと言うんなら、俺は止めない。だが、俺に何も期待するな。

今日はそれだけを伝えにきた。じゃあ、な」


シルビアは終わった。「迅帝」の正体が宝坂令次だとわかった。

タツヤ・キムラなる人物を捜し、瑞穂の戦いはまだまだ続く。


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