第8部第4話
首都高の走り屋達に情報を聞くと、「紺碧のスナイパー」は夜中、
「夜明けのガーネット」が早朝、「沈黙のカシオペア」が夜だ。
新環状線はパワーが環状線以上に重要になってくる。S15シルビアでも厳しいかもしれない。
やはり相手側もストレートが速い奴らが多い。環状線よりもストレートで突き放される展開が増えた。
それでも小さなコーナーでも相手が減速するので、そこをついてはオーバーテイクをする。
だがやはりパワーが……と言った所だ。
ニトロで少しは補えるとしても、やはりエンジンへの負担も大きい。
そんな中、夜のライバル達を1番早く倒し終わったらしく「沈黙のカシオペア」と遭遇した。
車は黒のZ33日産フェアレディZ。
かなりのハイチューンが施されているらしく、音だけでもわかる。
瑞穂は気を引き締め、アクセルを踏み込んだ。
バトルの舞台は新環状線左回り。まずはニトロを噴射しZ33の前に出た。
(よし!)
全開で加速、3速シフトアップし速度は250キロに達する。
だがミラーを見ればすぐ後ろにピッタリとZ33が張り付いている。
(速い。流石3.5リッター……)
直線では負けるが、ブロックをして前には出させない瑞穂。
とにかく我慢し、バックミラーでZ33を見つつ4速シフトアップ。
坂を上り、目の前には大きく回り込む左コーナー。早めにブレーキングをして、立ち上がり重視の
コーナリングでZ33を引き離す。突っ込みのスピードは2台ともぶち切れているが、
立ち上がり重視で行っても軽さも手伝ってわずかに瑞穂の方が上だ。
レインボーブリッジ後の高速コーナー。ここは右コーナーから直線、そして高速S字カーブと来ている。
瑞穂はコーナーに突入。しかし……。
(あれ?)
S字コーナーで切り返す時、若干後ろのZ33の挙動が乱れた。
そのおかげでZ33は少しS字2個目のコーナーでもたついてしまった。
(切り返しに弱いのかな?)
更に環状線の銀座のS字でも、やっぱり何だかふらついていた。
(よし、勝てる……!)
とりあえず今はこのまま抜かずに我慢。プレッシャーをかけてみる。
高速コーナーでは若干ではあるがシルビアが差を詰めているのだ。
そして2台は環状線に合流し、汐留S字に突入。
両者ともフルブレーキングで突入するが、切り返した時にZ33は若干ふらついて、外に流れた。
(……もらった!)
若干アンダーを出して流れたZ33に対し、しっかりグリップ走行で引き離す瑞穂。…勝敗は決した。
そのZ33から出てきたのは銀髪の男であった。怜悧(れいり)な賢そうな顔をしている。
しかも同性の瑞穂から見てもかっこいい。
「あなたが……沈黙のカシオペアですか?」
しかしその男は若干訛りがある日本語で話しかけてきた。
「はい。白夢 有(しらゆめ ゆう)です。香港生まれです。よろしく」
ああ、だから訛っているのか、と納得する瑞穂。
「香港から……珍しいですね」
「ええ。スカールバレットって人とはビジネスを通して知り合いました。彼は速いです。気をつけてください。
後、私はホテルを香港で経営しているので、香港に来た時はぜひ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「では失礼します……速かったですよ、あなた」
そう言い残し、現ナマでポンと札束を渡して有は去っていった。
家へ戻ると、そこにはどうやって家を突き止めたのだろうか。「白銀の貴公子」こと荒巻隼人が待っていた。
「よう、こんばんは」
「あ、どうもこんばんは。……どうしたんですか、僕の家に来て……」
「いや、何。仕事が終わったもんで、君の知り合いの走り屋を探して家を教えてもらったって訳。迷惑だったか?」
「……ええ……少し」
瑞穂がそう言うと隼人は苦笑いをした。
「そうか、それは済まなかったな。スカールバレットの仲間の1人を撃墜したそうだな。
あいかわらず、驚かせてくれるじゃないか」
「あ、はい……」
が、次に隼人が発した話題は驚くべき物であった。
「今日、ヘンな噂を耳にした。いちおう、君にも教えておこうと思ってね。4号新宿線で
伝説の走り屋、迅帝を見た奴が居るらしいんだ」
(え……?)
そんな話は初めて聞いたぞと言う顔をする瑞穂を無視し、隼人はお構いなしに続ける。
「もう1年も首都高に姿を見せちゃいないから、何かの間違いだとは思うが、もし本当なら
会いに行くべきだろう。僕自身、まだ会ったことはないが、彼の走りを見ることによって、
確実に君自身の走りも変わっていく……そんな気がするんだ。噂では4号線のPAに
青いスカイラインクーペに乗ってきたらしい。僕は伝えるべき情報を伝えた。後は君しだいだ」
そう言い残し、隼人はRX−7に乗って走り去っていった。
勝手に個人情報を明かされるのはちょっときついと瑞穂は思う。
シルビアの方は有に勝った金で、ボディの剛性をアップさせるためにロールバーを入れる。
ドレスアップはせず走りのみに的を絞ったチューニングで、首都高の走り屋に挑むのだ。
続いて出会ったのは「紺碧のスナイパー」。
車は青のGDB(鷹目)インプレッサである。このインプレッサも速そうだ。新環状線右回りでのバトルとなる。
いつものようにスタートでニトロを使い、先行逃げ切りを狙う瑞穂。
だが……。
(あれ? やたら速い……)
向こうもニトロを使ったらしく、ニトロを使っても前に出られなかった。
後追いでのバトルはニトロを使い始めてからは初めてだ。
しかもぐんぐんスピードが上がっていき、あっという間に250キロに達した。
矢のように突き進んでいくシルビアとインプレッサ。アクセルを踏み込み、インプレッサを追いかける瑞穂。
銀座から走ってきて分岐を右へ。
大きく回り込む右コーナーで軽さとコーナリングスピードを活かして、インプレッサに食らいつく。
立ち上がり重視の走りと、突っ込み重視の走りを向こうのインプレッサは無意識に使い分けている感じだ。
それでも瑞穂も踏ん張り、新環状の高速コーナーをクリアしていく。
そして終盤の長いストレートの前にある、高速右→左のS字で瑞穂が仕掛けていく。
ここは右が奧できつめになっており、オーバースピードで突っ込むと確実にアンダーが出てクラッシュだ。
ブレーキングで一旦横に並びかけるが、シルビアよりインプレッサの方が重い分、インプレッサは
早めにブレーキングしなければならない。
だがそこをインプレッサと同じタイミングで、瑞穂は早めにブレーキング。
つまり瑞穂は、立ち上がり重視でブレーキングしたというわけだ。
そのままインベタ気味にタイトに立ち上がり、他の参加者がいないことを確認して素早くアクセルオン。
コーナリングスピードを稼ぐためにアウト側を走り、アクセルを踏み込んでインプレッサのスリップストリームに入る。
終盤の長いストレートでは、インプレッサのスリップストリームに入って270キロを記録。
(最後のコーナー…ブレーキングとコーナリングで勝負だ!)
遠くに右の高速コーナーが見えてきた。しかしかなりスピードが出ているため、超高速のブレーキングバトルになる。
(くっ!!)
息をのみつつスリップから飛び出し、ブレーキング。
突っ込みでインプレッサを抜いた瑞穂のシルビアは慣性ドリフト状態になるが、
それでも小刻みにステアリングを動かして、微調整しつつコーナリング!
後からは体勢を立て直したインプレッサが迫ってきたが、もう遅い。
残りのニトロを噴射して一気に突き放し、勝負を決めたのであった。
インプレッサから降りてきたのは、緑の髪をした何だかガタイがいい男。
「さすがだな…噂になっているだけのことはあるか…」
「紺碧のスナイパーとは、あなたですよね?」
その瑞穂の問いに男は首を縦に振って答える。
「ああ。本名は音村 奏哉(おとむら そうや)だ。俺は昔、ラリードライバーだったんだ。
今はもう引退したがな。スカールバレットもあんたには苦労するかも知れないな。……それじゃあ」
そう言い残し、奏哉と名乗った男は瑞穂に小切手を渡して去っていったのであった。
家に戻った瑞穂の前に、今度は「12時過ぎのシンデレラ」の三浦由佳が待っていた。
「えへへ……来ちゃった」
「いや来ちゃったって……何で僕のアパート知ってるんですか?」
「隼人君が教えてくれたの。また、スカールバレットの仲間を撃墜したのね。
アンタ、どんどん速くなっている……。覚えてる? アンタが迅帝に似ているっていう話」
「ええ…」
「最近、アンタが誰々を撃墜したとか、どこどこのチームを破ったという噂を聞くたびに胸の奥が痛むの。
アンタも迅帝のようにどこかに消えてしまうんじゃないかって……」
そう言う由佳の目には何処か哀愁が漂っていた。
「ゴメン、なんかつまんない話しちゃって。私にはずっと走ることしかなかったから……。
なぁんか、どんな話をすればいいのかよくわかんないんだよね。また、来るよ。おやすみ」
そう言って、由佳はRX−8で走り去って行った。