第8部第3話


そして1週間後。まずはC1外回りで「12時過ぎのシンデレラ」と遭遇した。

(お出ましか!)

バックミラーには黄色と灰色と赤でペイントされた、マツダRX−8。そのRX−8は瑞穂にパッシングしてきた。

それに応じ、ハザードをつける。

(行くぞ!)

ハザードを消し、アクセルを床まで踏み込みシルビアを加速させる。

だが後ろから物凄いエキゾーストが響き渡って来る。

後ろのRX−8はかなりの改造がされている様だ。しかし瑞穂もブロックして

そう簡単に前に出させはしない。ストレートが速いと言う事を事前に聞くことができたからだ。

(向こう結構パワー出てる! あっと言う間に後ろにピッタリくっつかれた!)


そのまま必死にブロックしていた瑞穂だったが、ついにRX−8にかわされた。

(ちっ、この区間はスピードが出るからな。だがこの先はトンネルが2つある。そこで勝負だ!)

しっかり前を見てRX−8を追いかけて行く瑞穂。

しかし、ここで気がついた事が1つあった。ストレートでどんどん離されていくが、

RX−8はコーナリングの前に過剰に減速している。だからいくら突き放されようがコーナリングで追いつける。

それでもタイヤの事もあり、早めに勝負を決めたい。


そこで目をつけたのが、2つ目の千代田トンネルの出口にある右コーナー。

ここは上りながらトンネルを出るコーナー。ストレートが事前に配置されており、

目一杯踏んでくるとスピードが乗る。

しかも上りながらなので、前輪の加重が抜けることによるアンダーステアにも注意しなければならない。

そこでコーナー前に瑞穂はしっかりブレーキング。それもやや手前で。

アクセルをじわじわと踏み込み、アンダーを出さないようにグリップでコーナリング。

そのまま出口が見えたところでアクセル全開!


瑞穂がやったのは、いわゆる立ち上がり重視のコーナリング。

いつもより早くブレーキングして、コーナーの出口で早めにアクセルを踏める様にしたのだ。

そのおかげで少しRX−8との差が縮まった。しかもその先は高速コーナーが連続する区間。

RX−8はひとつひとつ丁寧にブレーキングして駆け抜けて行くが、そのせいで瑞穂との差はどんどん無くなって行く。

(よし、後ろにピッタリ着いた!)

そこから瑞穂の反撃が始まった。

八重洲と外回りの分岐で減速したRX−8に強引に並んで、そのまま左コーナーに突入。

ここでもRX−8は減速した為、アウトからでも強引に前に出られた。


そして止めは新環状とC1の分岐。

前にいるアザーカーのヴォクシーをかわし、グリップで進入。

過剰に減速したRX−8を尻目に、瑞穂はコーナリングで差を広げて勝負ありだ。



首都高から降りると、さっきのRX−8もついて来た。近くの路肩に車を停める。

「驚いたよ。アンタがあんなに速いなんて……。走り屋は見かけじゃないってことがよーくわかった」

「あ、ありがとうございます。早瀬です。あなたは?」

「私は三浦 由佳(みうら ゆか)よ。アンタ、私が昔、憧れていた走り屋に似ている……。

迅帝――。名前くらい聞いたことがあるでしょ?」

「あ…はい」


話を聞くと、由佳は「迅帝」というドライバーに憧れていたらしい。

「首都高最速の走り屋。ある夜、突然、首都高に現れ、あっという間に頂点に立った男。

1度だけ、彼を見たことがあるの。早朝のC1、芝公園付近だったわ。

後ろから信じられないようなスピードで追い上げてきて、気が付くと、アっという間に私を抜いて

走り去って行った……。その後、姿を消してしまったけど、今でも私の中で彼はヒーローよ。

アンタもいつか彼みたいなスペシャルな走り屋になってよね。期待してるからね!」

「あ、はは…はい!」

「じゃ、これ約束のお金。100万円あるから。じゃあね!」

そう言い残し、小切手を瑞穂に手渡した由佳はRX−8で去っていった。

手元に残ったのは100万円分の小切手。

(……)

瑞穂はそれを見て、何だか複雑な気分になるのであった。


その金でエンジンまわりをチューニングし、ハイパワーなバトルに負けないようにする。

パワーは330馬力にまでアップした。

車重も少し軽量化され、加速を良くして再び首都高へ。



お次は「ブラッドハウンド」との対決だ。

真夜中はさすがに他の走り屋が多く、追い抜くのにも常に先を読まなければいけない。

しかしこれは、レースの世界では良くあること。

前の車がクラッシュしていたり、破片が飛び散っていたりもするので気をつけなければいけないのだ。


そんなこんなで、真夜中に首都高に出向き続けて1週間。

「ブラッドハウンド」と遭遇した。

奴の車は何だか、ハロウィンチックな紫のアリストだ。


バトルがスタートし、確かに直線は80スープラと同じエンジンを載せているだけあって速い。

だがコーナーは重たいマシンの為、速いことは速いが追いついて行ける。

たとえハイパワーマシンだからと言って、ビビるほどではないと言う事がわかった。


瑞穂の走りにだんだん自信が戻って行く。突っ込みで車重の差を活かし、アリストを追い抜く瑞穂。

速いスピードから早めにブレーキング。スパッと向きを変えて立ち上がって加速。

瑞穂はこれを皮切りに、少しずつアリストを引き離して行く。

そして丸ノ内トンネルを抜け、その後の高速コーナーを抜けた時にはもうアリストはミラーに映っていなかった。


高速を降りて、ブラッドハウンドとご対面。

「よう、久しぶりだな」

「お久しぶりです。僕は早瀬瑞穂って言います。あなたは?」

「俺は鈴木 流斗(すずき りゅうと)。お前さんの実力、しっかり見せてもらったよ。正直、見違えたぜ。

あの時のどん臭ぇ走り屋と同じ人間とは思えねぇ。俺の見る目もあんまりアテになんねぇって、な」


そこで一旦言葉を切り、流斗は遠い目になる。

「お前と走っていて、あいつを思い出した。伝説の走り屋、迅帝――。かつて首都高最速と呼ばれていた男さ。

今はどうしているんだろうな。あいつがこの場所を去ってからもう1年経つ。

首都高もすっかり変わっちまったよ。あいつならお前の存在能力を引き出してくれたかもしれないな」

それだけ言うと、流斗は瑞穂に向き直る。

「まぁ、悔やんでてもしかたねぇ。お前さんはお前さんのやり方で頂点を目指してみろ」

「はい。僕、がんばります」

「そうか…じゃ、これが金だ。少しでも足しになれば……だな」

瑞穂に小切手を渡し、流斗はアリストのドアノブに手をかける。


が、何かを思い出したらしく、もう1度瑞穂の方を見て来た。

「そういやぁ、3号渋谷線にはもう行ってみたか? 今のお前さんにできるのは場数を踏むことだ。

いっぺん顔出してみるのも悪くないぜ」

そうして、改めて流斗はアリストに乗り込み、重低音を響かせて走り去って行った。

3号渋谷線に行ってみるのも悪くはない。

だが瑞穂にはまだ、やるべき事がある。今はC1の3トップを撃墜する事だ。



最後は早朝のC1へ。早朝はすごく走りやすいが、逆に混んでいた方が車の差は出にくくなる。

それでもまた1週間バトルし続け、「白銀の貴公子」に遭遇した。

車はあの時と同じく銀色のFD3SマツダRX−7だ。


瑞穂はC1内回りでハザードを出し、バトルスタート。床までアクセルを踏み込む。

だが後ろのFDは、シルビア以上のものすごい加速で、こつんとシルビアのテールをつついてきた!

(うお! や、やってくれるね!)

アクセルを踏み込む足に気合いが入る。RX−7を引き離すために若干ペースアップする瑞穂。

しかし相手も速い。しかもコーナリングがかなりうまい。かなりシャープだ。

コントロールの難しいRX−7をここまでハイスピードでコーナリングさせるのは

かなりのテクニックがあると言って良いだろう。


だが突っ込みの速さは、プロの瑞穂の方が上。その差もあって、じりじりとシルビアがRX−7を引き離し始めた。

勝負は赤坂ストレートに持ち込まれる。ここで300キロを出せばかなり速い。

ここでRX−7がスリップストリームからシルビアを抜き去り、先にブレーキング。シルビアもやや遅れてブレーキング。

ちなみに2台とも300キロには届いていない。

そこの突っ込み勝負でシルビアがRX−7のテールに軽く接触。瑞穂もマジで攻めてきている。

(僕は……まだ負ける訳にはいかない!)

その後はストレートだが、右コーナーの後に左コーナー、更にきつい左コーナーが待ちかまえている。


右コーナーでアウトからアザーカーのR32GT−Rをパスし、ふっとアクセルをオフにして左コーナーに突入。

そして思いっきりブレーキを踏み込んでドリフト状態に持ち込み、左コーナーをクリアした。

バックミラーを見れば、ややRX−7が遅れてきてはいるが、ついてきている。

ここで瑞穂は更にペースを上げ、連続S字セクションに突入。

(向こうが無理をし始めているな。ここは振り切る!)

自分でも驚くほどの突っ込みからコーナリングし、連続S字を抜ける。

そのシルビアのバックミラーにはもう、RX−7が遙か遠くにかすんでいた。


RX−7から白銀の貴公子が降りて来た。

「こんばんは……いや、おはようか」

「おはようございます……早瀬瑞穂と申します」

「僕は荒巻 隼人(あらまき はやと)。速いもんだな。どこでそのテクニックを身につけたんだ?」

正直にレーサーですとは答えないで、あくまで首都高を昔に走っていた事があると説明する瑞穂。

「そうか……それにしてはずいぶん若いな。君の走り、僕の想像を遥かに超えていたよ。

この前は君のことを侮るような発言をしてすまなかった。首都高最速の走り屋――迅帝が去った今、

自分の実力も省みず、夢ばかり見ているような連中が多くて、うんざりしていたんだ」


そこで一拍置き、隼人は続ける。

「だが、君はそうじゃない。ひょっとしたら、君こそ、新たな迅帝とも言える存在になりうるのではないか、

とそんな気がしてきた。そう言われても君には迷惑な話だろう。君は君の走りを極めればいい。

僕にできることがあったら、何でも言ってくれ。この場所は長いんだ。それなりに知り合いも多い。

君に出会えてよかったよ。……ひょっとしたら、弟が君に引き合わせてくれたのかもしれないな」

そう言う隼人の目尻にうっすらと涙が浮かんだのを、瑞穂は見逃さなかった。

「……そうだ、これが僕の金だ。使ってくれ」

涙を拭った隼人は瑞穂に小切手を渡し、RX−7で去っていった。



数日後。

瑞穂の元に宝坂が尋ねてきた。どうやらあの3人を倒した話を聞いてきたらしい。


「お前がC1のトップ3を撃墜したって話、本当か? だが、安心するのはまだ早いんじゃねーの?

C1だけが首都高じゃないってことさ。浜崎橋から江戸橋までのC1と

江戸橋から辰巳までの9号深川線、それから湾岸線、11号台場線で構成されているコース――――

俺たちは「新環状」って呼んでいるが、そこを走っている連中はC1なんかとは比べものにならないくらい速いって話だ。

最近、アメリカからやってきたというスカールバレットと、そいつに協力している3人の走り屋たち、

紺碧のスナイパー、沈黙のカシオペア、夜明けのガーネット――――。

お前が新環状で有名になりゃ、いずれぶつかるんじゃねーの? ま、せいぜいがんばりな」

それだけ言い切り、宝坂はV35で走り去っていった。


新環状線は、C1以上にスピードが乗るコース。当然、ライバルもハイパワーなチューニングをしている筈だ。

という訳で、流斗、隼人、由佳からもらった金で足回り関係をチューン。

サスペンションとブレーキを強化品に変更だ。

更にエンジン関係に、何とニトロシステムを投入。アメリカの某カーアクション映画でも、必殺の武器として使われた。

ハンドルのボタンを押すことで、ロケットのごとく加速できるシステムだ。


ただし後ろにタンクを積んで走るので、少しだけ重量が重くなってしまう。しかし軽いシルビアなら大丈夫だろう。

逆に後輪駆動なので、ホイルスピンがタンクの重さで抑えられるはずだ。

分けて使っても、一気に使ってもいい。とにかくこれさえあれば、スタートダッシュで前を取れるはずだ。

相手との戦力差が大きい時、レースの世界で勝つには、とにかく前を取ることである。

でないと突っ走られてしまうからだ。

半年という時間制限があるので、余り時間が無いのも事実だ。早い段階でC2新環状線も制覇しておきたい所である。


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