第8部第1話


突然、姿を消した首都高孤高の存在

迅帝――――

その行方を知る者はいない

はたして、最強の称号を継ぐ者は誰か?

開け放たれる頂点への扉

鋼の獣たちが今、目覚める―――



竜介が街道を制覇して、瑠璃がサーキットを制覇して、正樹が首都高サーキットを降りた、その1年後。

富士スピードウェイのピットに、たそがれる1人の男の姿があった。

(最近成績振るわないな…はぁ)

この早瀬 瑞穂(はやせ みずほ)は、プロのレーシングドライバー。しかし、成績がここの所振るわなくなってきている。

前は年間シリーズランキング6位など、良い所まで行ったというのに。

レースで勝てない。自分には何かが足りない。

そんな瑞穂を心配したオーナーがこんなことを言い出した。

「首都高サーキットを…走れ、ですか…?」

レースの合間に首都高サーキットで走れ、とのお達しだ。


首都高サーキットといえば、新しいバイパスが開通し、政府がモータースポーツ振興のために

使われなくなった首都高速を、安全なサーキットコースにしたとの話だ。

瑞穂は昔、山下緒美という女と、その首都高サーキットでバトルした経験がある。

更に阪神高速サーキットにも遠征に行ったりした。

それからはサーキットで腕を磨き、オーディションを受けてプロのレーサーになったのである。

自分には何が足りないのか、を見つめなおすために

オーナーの誘いに乗って、再び首都高へ出向くことを決意した瑞穂であった。


瑞穂のマイカーは、赤の日産S15シルビアスペックR。

先月買ったばかりの車で、その前はFD3SのRX−7に乗っていた。マフラー、ブレーキ、サスペンションを

スポーツタイプに交換し、リミッターを外しただけのライトチューン仕様である。

そのシルビアで、瑞穂は首都高サーキットへと乗り込んだのであった。


だが首都高サーキットへと上がったとたん、1台の青いV35スカイラインクーペがバトルを仕掛けてきた。

パッシングをしてきたら、それにハザードを点灯させればバトル了承の合図。

そしてハザードを点けてから10秒後に、ハザードを消してスタート、という流れだ。

首都高サーキットへ参加する人の車内には、もはやおなじみの「SPゲージメーター」が取り付けられる。

自分のSPゲージメーターと、パッシングした相手のSPゲージメーターは、それぞれの相手の情報が信号で伝わり、

メーターが補充されてバトルが出来るという仕組みだ。

相手に引き離されるか、壁や他の車に当たるとSPゲージが減り、先にゲージがゼロになったほうが負けだ。


江戸橋のコーナーの先からは高速アップダウンのコーナーが連続する。2台はそこからスタートだ。

相手のV35はノーマルだが、ノーマルでも300馬力を発生している。

最初は高速区間だけあり、V35がじりじりとシルビアを引き離す。

(速い…けど、ついていけないわけじゃなさそう)

コーナリング速度では負けていないがパワーの差が出ている。

これを巻き返すにはどうするか? それはコーナリングしかない。

シルビアの武器はV35より軽い車重にある。そのおかげでコーナーは若干瑞穂が速い。

高速区間では負ける。

しかしこれから先の赤坂ストレートまではフラットでテクニカルな区間。

ここから瑞穂の巻き返しが始まる。

(パワーの差はあるにしても、あのV35相手なら今の僕でも十分に勝てる。

V35は所々アンダーっぽい挙動が顔を覗かせる。下手ではないんだが、ツメが甘い)


バトルは千代田トンネルへ。

ここの入り口は下りながらの左コーナーになっており、きつめの部類に入る。V35はややアンダーを出しつつコーナリング。

だが瑞穂は少しブレーキを遅らせ、一気にV35に食らいつく。

そのまま千代田トンネルを出て霞ヶ関トンネルへ。

入り口の大きな高速右コーナー。ここでV35はターンインするが、フロントタイヤのグリップが効かない。

あわててコーナリングスピードを抑え、クラッシュから逃れた。

ここで瑞穂との差が1車身縮まる。


(差がつまった…!)

高速区間で無意識の内に飛ばしていたV35。それがタイヤに大きな負担をかけていた。ブレーキがいくら効いても、

タイヤがへたってきては加速しないし、ブレーキングだって不安定になる。

瑞穂は感じていた。

勝負は今だ。このチャンスを逃さない手はない。

(コーナーでふくらむようになってきた…なら、こっちにも絶対にチャンスはある!)

食らいついてきてはいたが、さっきの突っ込み以外は丁寧な運転をしていた瑞穂。

タイヤはまだいける。

赤坂ストレート前の右コーナーで、もたつくV35をインから少々強引にパス。

赤坂ストレートを、瑞穂のシルビアが先に駆け抜けていった。

V35のゲージもゼロになり、瑞穂の勝ちとなったのであった。


首都高からすぐ近くにあるガレージへと戻ると、何とさっきのV35がここまでついて来ていた。

そこから降りてきたのは、黒髪を腰の辺りまで伸ばした背の高い男。

「あなたは…?」

「俺は宝坂。さっきはいきなりバトルを仕掛けて悪かった。どうも新入りみたいだな。

いいバトルだったな。久しぶりにゾクゾクしたよ……。

お前の考えてること、当ててやろうか? 首都高でトップに立ちたい――――違うか?」

その言葉に、瑞穂は少しだけ息を呑んだ。間違ってはいない…。

そんな瑞穂の心境を察し、宝坂は続ける。


「この場所を走っている連中の考えていることなんて、だいたい似たり寄ったりだ。

だが、実際にそれを成し遂げられる者はほとんどいない。もし本気なら、まずはC1を制覇することだな。

ブラッドハウンド、12時過ぎのシンデレラ、そして白銀の貴公子―――――。

この3台が現在、C1最速と言われている連中だ。

ヤツらを撃墜できれば、事実上、C1を制覇したってことになる。お前にホンモノの実力があれば、出会えるかもナ」

C1を制覇するというのが、まずは最初の条件になりそうである。

しかし、瑞穂には1つ気になることがあった。

「出会えなかったら…どうなんですか?」

「出会えなかったら? しょせんその程度の走り屋だったというだけのことさ」


その日から、瑞穂はプロレーサーとして、首都高サーキットの走り屋に挑む日々が始まったのであった。


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