第7部第6話
ワンダラーばかり倒していたと思われがちだが、その一方でチームに攻め入ることも忘れてはいない。
戦闘力を上げたRX−8は、もう環状線では敵無しだ。
新環状線では有明以外で、何とか倒すことが出来たのだが…やはり有明区間だけは難しい。
湾岸線は何と言っても、パワーがものを言う。
速い車になれば、300キロを超えることなど日常茶飯事となっているのだ。
そこで、横羽線へと行ってみることに。横羽線は結構細かいコーナーが多く、RX−8でもまだ戦えそうである。
「横羽線か」
「はい。湾岸線では勝ち目が無いと思います。だから…」
「よし…わかった。ワンダラーを倒して手に入れた金があるんだったら、とりあえず足回りの強化とパワーアップだな。
フルエアロが最初からついていたのは嬉しかったな。エアロって結構金かかるから」
という訳で数日後、チームメンバーを引き連れて横羽線へとやってきた正樹。
加速の伸びも、最高速の伸びもすごく良くなり、コーナリング性能も横羽線に最適なセットアップが施されている。
首都高速神奈川1号横羽線(しゅとこうそくかながわ1ごうよこはねせん、Kanagawa Route 1 Yokohane Line)は、
東京都大田区の羽田から、神奈川県横浜市中区石川町ジャンクションへ至る首都高速道路の路線である。
その先には横浜環状線という、湾岸線から先に進んでいくと、ぐるりと回って横羽線上り方面へ戻れるコースが待っている。
ここも環状線と同じくコーナーが多いので、ハイパワー車が相手でもいい勝負が出来そうだ。
長い直線と高速コーナーが襲い掛かってくる横羽線では、一歩コントロールを間違えれば大クラッシュだ。
そのため、富士スピードウェイを走っているときと同じ要領で攻めていく正樹。
車高を少し落としたので、直線での安定性が増した分、コーナリングで踏ん張りが利かないので注意が必要になってくる。
スピードは250キロを超え、高速コーナーを駆け抜けていく正樹。
そんな正樹が、この横羽線で選んだワンダラーは「俊足のワルキューレ」。
噂によればこのドライバーも女らしい。
C1環状線から台場方面に向かって走り、そのまま横羽線下りへと入って、少し行ったところまでだ。
スタート地点へ向かうと、そこにはクリーム色のFD3S・マツダRX-7が。
「ああ…どうも、こんばんは」
「こんばんは。山中です」
何だか暗い表情をした、またもや女のドライバーだ。
「それじゃ…始めましょうか。沢本 亜弓(さわもと あゆみ)です。全開でお願いしますよ?」
「ああ」
「全開でお願いしますよ!」
「……ああ」
何だこの女は…と思いつつ、2台がスタート。RX−7とRX−8の戦いだ。
さすがにハイパワーなRX−7であり、加速が速い。
しかし彼女のRX−7は加速重視のセッティングを施しているため、最高速の伸びが足りない。
そこに目をつけた正樹は、ニトロを使わずスリップストリームでくらいついていく。
(加速番長か)
そしてゴールまでもうすぐ、というところで亜弓のRX−7をあっさりと追い抜き、決着をつけたのであった。
やはり京介のセッティングは良い。
続いては「横羽の重戦闘機」とバトル。車は赤のR32GT−R。
メンバーから聞いた話だが、前は横羽線で「A.P.S」というチームを率いていたそうだが、自然消滅したらしい。
スタートとゴールは亜弓のときと同じだ。
R32の横に車を停めると、ニコニコ顔の男がR32から降りてきた。
「はいどうも! こんばんは!」
「…こんばんは」
「何だよ、暗いぜ? もっと明るく行こうぜ! 俺は大介(だいすけ)。あんたは?」
「山中正樹だ」
「おっしゃー! 俺のR32についてこれるもんなら、ついてきてみろよ!」
陽気なのか、騒がしいだけなのか。
スタートは正樹が先行。しかし大介のR32もついてくる。
大介の職業はプログラマー。職業柄、知識を活かしてROMチューンをエンジン制御だけでなく操舵制御に拡張し、
ただでさえ重い愛車の補器を増やしている。タンク容量による前後のブレーキバランスの自動変更や
路面湿温度の赤外線噴射による取得など、あらゆる条件に対応できるマシンを仕上げている。
だが、その技術よりも装置を信頼する性格が、せっかくの才能を殺してしまっている。
高速コーナーでは踏ん張りが利かない正樹のRX-8。だが、それ以上に大介のR32は
補器類を積み込みすぎているために、コーナリングスピードを落とさざるを得ない。
直線で詰めても、コーナーが少し多いこの芝浦区間では、コーナーのたびに引き離される。
(くっ…流石ロータリースポーツ。コーナーでは速いな)
結局最後までその差が逆転することは無く、SPこそ削りきれなかったものの、先行で逃げ切って勝利した正樹であった。
続いてやってきたのは横羽線を下ってきたお隣、羽田。
羽田はその通り、羽田空港近くに作られた出口のランプ。湾岸線が出来てからはそっちが近くなってしまったが、ここも使われている。
ここで目をつけたのは「テキサスの白狼」。
またもや外国人のドライバーらしい。しかも車は白のR34GT-Rと来ている。
スタート地点は芝浦のゴール地点から、少し下っていったところでゴールとなる。
RX-8ではきついかな、と思いつつもスタート地点へと向かう。そこに待っていたのは、一昔前のオールバックにした外国人の男だった。
「ハイ、こんばんは」
「こんばんは。山中正樹といいます」
「スティーブ・ブライソンだ。悔いの無いバトルをしよう」
最初はニトロを少し使い、R34をしっかりとブロック。パワーには差があるが、勝てない相手ではなさそうだ。
スティーブのR34は、多少の旋回性は思い切って犠牲にしつつ、直進での安定性を優先にしたセッティング。
低中速域から快調に加速するエンジンで、あっという間に相手を引き離し、そのまま1度も抜かれずに勝つというパターンを、
彼は何よりも好んでいる。競り合うようなタイプのバトルは苦手。
なのでこのバトル展開に、車内でスティーブは歯軋りをしている。
(くっ…俺はこういう展開が得意では無いんだよな!)
学生時代から車をいじるのが何よりも得意で、レースに出てスピードを体感するのも好き。
本国のアメリカではアマチュアレースにも数多く出場している。
走りはワイルドだが、雑には感じない。それがスティーブ・ブライソンだ。
そんな展開だが、バトルはバトル。正樹のRX-8を煽りまくり、プレッシャーをかける。
しかし、正樹は機械人形のように淡々と作業をこなすタイプ。
感情を露わにすることなどめったに無く、バックミラーを見ても眉1つ動かさない、クールな性格だ。
(プレッシャーをかけているつもりなのか?)
バックミラーを見なければ良い、とばかりにくるり、とひっくり返し、前だけを見て爆走する。
(これだけプレッシャーをかけても動揺しないのか? なんて精神力が強い奴なんだ!)
スティーブは焦りを感じてきている。
その焦りがスティーブに小さなミスを積み重ねさせていく。コーナーの進入で少しブレーキをかけすぎた。
それにより、R34より軽いRX-8にコーナーで引き離される。
エンジンの特性を活かしすぐに立て直したまでは良かったが、ゴールはすぐそこにまで迫っていた。スティーブの負けである。
スティーブ以外にも、ここのチームも何とか制圧した正樹。メンバーの車種も大分変わってきており、ハイパワー車が多くなってきている。
パワーがものを言う時代が来たのかもしれない。
それが更に横羽線を下っていったところにある、汐入で身にしみて解ることになった。
ここを制覇しているのは「FREE WAY」という、スカイラインGT−Rだけのチーム。しかもバトル区間に直線が無い。
本当は大黒方面に向かう分岐が横浜環状との分岐であったのだが、そこの区間はサーキット区間としては含まれず、閉鎖されてしまっている。
これでは駄目だ。今の自分達では太刀打ちできない。
仕方が無いので、正樹はここのワンダラーだけを倒すことに。
目ぼしいワンダラーは「ラスト フライト」。このドライバーも外国人らしい。今の首都高は外国人も目立ってきているらしい。
車は亜弓と同じく、FD3SのRX−7だ。色は白。
スタート地点は羽田のゴール地点から、横浜環状の方まで下っていったところでゴールとなる。
RX−7から出てきたのは事前情報通り、外国人。
「どうも。俺はクロウ・センティスだ。よろしく頼むよ」
「こんばんは。山中正樹です」
先行したのは正樹のRX-8。ここで一気にニトロを使い切ってしまおうという作戦だ。
(逃げ切るぞ)
クロウのRX−7は結構な改造がされている。ただしクロウ自身は国際線のパイロットを生業としており、
走る時間が余り工面できないため、テクニックにはまだまだ未熟な部分が多い。
愛車の基本性能のおかげで何とか勝つことはできるが、同じレベルのマシンが相手だと技術の未熟さが露見してしまう。
正樹はそれを知ってか知らずか、先行逃げ切りを選んだ。
クロウは空で何度もトラブルを経験しているため、どんなときでも冷静沈着。アクセルを床まで踏み込み、RX−8を追い掛け回す。
しかしここではグリップ走行で堅実な速さを見せた正樹に軍配が上がり、そのまま逃げ切られてしまうのであった。
横浜環状では目ぼしいワンダラーはいなかった上、「SPEED MASTER」という首都高では伝説のチームが支配していた。
ハイパワーマシンを神業的テクニックで乗りこなすチームである。
今の自分たちではとても太刀打ちできなかった。ワンダラーには勝てても、あそこや「FREE WAY」には勝てない。
とりあえず今日はメンバーを帰らせ、正樹も整備工場に寄ってから帰ることにした。
「湾岸線…か」
工場の外でタバコをふかしつつ、京介は正樹の目を見て呟いた。
まだ横羽線で終わりでは無い。パワーが一番鍵となる、湾岸線が残っている。
「はい」
「そうか…迷うな。RX−8じゃチューニングしても、湾岸線じゃ厳しいだろうな」
ふーっと煙を吐き出し、ぽりぽりと頭を指で掻く京介。そしてこんなことを呟いた。
「……買い換えるか?」
「また?」
RX−8に買い換えたばかりだというのに、また車を買い換えろというのか。
「そのRX−8じゃあな…300キロは出せても、それ以上出してくるマシンが首都高にはまだゴロゴロいるんだよ。
だったらこれ以上チューニングしたところで意味は無いだろうし、いっそのことハイパワーマシンに買い換えたほうがいいと思ってな」
「…はい」
別に今のマシンに愛着があるというわけでもなく。正樹はあっさりと買い替えを決意した。
「ならセリカのときと同じく、使えるパーツは剥ぎ取って、あの時このRX−8から剥ぎ取ったパーツをしっかり元に戻して、ノーマルで売っ払う。
改造車ってのは下取りの査定が低いからな。
だったら少しでも高く売れるように、知り合いの工場に頼んでノーマルパーツを集めてみるのもありだな。
んで、その買い換えるマシンなんだが…」
湾岸線を攻めるとなれば、パワーのある大排気量のマシンがいいだろう。という訳で京介が出した結論は…。