第6部第16話
残すは3つのショートコースと、ラストステージの北海道。まだキングダムもサーティンも、バトルしていないメンバーがいる。
多分ショートコースに配属されていると思うので、その3つのコースへと向かう。
まず1つ目は、富山県の立山黒部アルペンルート 。かなり短く、片道は2分ほどで決着が着いてしまう。
コース終盤ではタイトな直角に近いコーナーが連続してくるので、注意が必要だ。
そして予想通り、10月の、2週目の木曜日にキングダムのメンバーに遭遇した。青のマツダ・RX−8に乗った、ピンクの髪の毛に眼帯が特徴的な男である。
走り込みをしていた竜介と、高山の前に現れたのだ。
「よう…あんたか? 知子ちゃんを倒したって言う、野上竜介って人は?」
「そうだが…」
「はっ、そうか。俺は優一(ゆういち)。俺、今は結構期待されてるからな…。ここであんたを止められなかったら、
キングダムはもうあとリーダーしかいなくなってしまう。だからこそ! 俺はここで、あんたを止める! 覚悟は出来てるだろうにゃあ!?」
(あっ、噛んだ…)
高山、竜介、優一の間に変な空気が流れた。
「よ…よし、わかった。勝負は?」
「く、下りのLFで俺が先行する。それと、先に言っておくが俺のRX−8は、ターボチューンしてあるんだ」
「ターボ?」
「ああ。普通はNAマシンだと思って、油断して相手が負ける。そういう勝ち方は俺、嫌いだからな。
だから、こうしてちゃんとバトルの前に、ターボだと言う事を話すようにしているんだ」
「そうなのか」
「このRX−8のターボチューンにアナタは腰を抜かさずにはいられないと思う。しっかり腰をシートにホールドしようね」
「いいだろう。その加速、しっかり見せてくれよ」
「3,2,1、GO!」
RX−8とインプレッサがスタートしていった。確かにブローオフバルブから空気が抜ける音が聞こえる。かなり加速もいい。
それでも、加速力ではインプレッサが有利だ。
この短いコースでは、早く追い抜かないと優一に逃げ切られてしまう。
(コーナーのブレーキング勝負だ、竜介!)
高山はスタート地点で、勝負をしている竜介に心の中で呟いた。
勝負は後半のタイトコーナー区間。右コーナーの後に、すぐにヘアピンに近いタイトコーナーが来る。ここで竜介が仕掛けた。
アウト側から右にコーナリングしつつ、RX−8に並びかける竜介。そしてそのまま左コーナーに向けて突っ込み重視でブレーキング。
(き…来た!?)
優一も負けじと、アウトから限界までスピードを上げて曲がるが、立ち上がりの勝負で竜介のインプレッサが
RX−8を抜いて先にゴールした。まずはこれで、1勝だ。
「KINGDOM TWELVEとあの走り屋がいれば、
この雪の大谷も安心だな…」
翌日の金曜日、晴れ渡ったこの日に、2人がやってきたのは霧ヶ峰。ここもショートコースだ。
直線が多く、スピードが乗りやすいこの霧ヶ峰。反面、コーナーはタイトコーナーが多く、思い切りの良さが必要になる。
コース最後には表六甲と同じく、橋の直線が待ち構えており、その後の緩やかなコーナーを抜けて下りはゴールとなる。
ここはあまり他の街道に比べると、レベルは高くないのだ。
そしてここも走っている人数が少ない。アルペンルートもそうだった。
ここでは2週目の土曜日に、サーティンデビルズのメンバーに遭遇した。黒のAP1、ホンダ・S2000。
しかもハードトップバージョンに乗っている。
「何だ…こんな所にまで出張ってきたっていうのか。野上さん?」
「何故俺の名前を?」
「そりゃ有名だからさ…俺は大塚(おおつか)。サーティンデビルズのメンバーだ」
聞く所によると、あの碓氷峠で出会ったアレイレルの弟子であるらしい。
「師匠を倒した腕前、しっかり拝見させてもらおうかな? そして俺に勝てたら、これやるよ」
そう言って大塚が取り出した物は、何と200万円分の1万円札の札束。
「な…」
高山と竜介は驚きのあまり、目を丸くしている。
「これが俺の意思表示だ。俺はそれだけの自信がある! S2000の闇をつんざく様な加速。
それを確認する頃に、俺はアナタの視界からは消えています」
いつものようにLF、下りで大塚先行だ。木曜日に優一とのバトルを終わらせ、そのまま夜通し長野まで走り続けて来た。
その翌日の金曜日も晴れであった為に、金曜の昼にたくさん走りこんだ高山と竜介であったが…大塚はどれほどの腕前なのだろうか。
「3,2,1、GO!」
大塚のS2000は、優一のRX−8と同じくらいの良い加速を見せる。
このコースには3つのヘアピンがあり、そこで勝負を仕掛けるのが得策だろう。戦闘力的にはこちらのほうが上だ。
それでも大塚は臆することなく、この狭い霧ヶ峰のコースを軽快に駆け抜けていく。
最初はややきつめの左コーナーから右ヘアピン。ここで仕掛ける竜介だが、抜けない。良いブロックをしてくるのだ。
その後は緩いコーナーが続いて行き、右の緩いコーナーから左のヘアピンへと入っていく。
ここを抜けて橋を渡ると3つ目の右ヘアピンがあり、その後に左コーナーを抜けてゴールだ。
左ヘアピンでも仕掛けようとした竜介だったが、ここでも良いブロックを見せた大塚が、前を死守して譲ろうとはしない。
(前には行かせるか!)
このままでは負けてしまう。まずいと思った竜介は、強硬手段をとる事にした。
加速力とコーナーの立ち上がりはこっちのほうが上の為、左ヘアピンを抜けた後の橋の直線で、
立ち上がり加速とスピードの乗りを活かして、アウトまでコースいっぱいを使った大塚のS2000に並びかける。
(並んできたか! だが、この先は俺がイン側だ!)
この後はインとアウトが入れ替わり、アウト側から右ヘアピンに向けて竜介はブレーキングをしなければならない。
S2000は、インプレッサと同じくらい軽い。
なのでブレーキングで、ちょっとした罠を竜介は仕掛けることにした。
まずはブレーキングで、竜介は突っ込み重視で行くと見せるため、昼間にもかかわらずヘッドライトを点けて意思表示。
大塚はそれを見て、竜介が突っ込み重視で来るのだと思いブレーキを遅らせる。
だが竜介は早めにブレーキングし、大塚だけ突っ込み重視でコーナリングさせる。
4WDの立ち上がり加速の良さを活かすため、自分は立ち上がり重視でコーナリングするのだ。
(やられた…!?)
だが大塚が今更気がついたところで、もう遅い。
立ち上がりで失速した大塚を、インからあっさりと加速力を活かして、ヘアピンコーナーの立ち上がりで抜き去った竜介であった。
「宝坂さんに何と報告すればよいのか!?
取り敢えず、あの走り屋の情報を伝えればいいか。」
翌週の3週目の日曜日。大塚を倒した竜介は、高山と共に走り続けて神奈川県へ入ってきた。
ここに最後のショートコース、大垂水峠があるのだ。
某女の子が活躍する走り屋漫画の、モデルコースともなったといわれている峠道。
距離が1.4キロと短く、走りこみもすぐに1本終わってしまう。コースレイアウトも単純明快だが、狭い上に路面のうねりがひどい。
4WDではあまり気にならないが、RX−7の高山は苦戦している様だ。
(ちっ…あ!)
ギャップでタイヤが跳ね、挙動を乱すRX−7。
高山はしっかりコントロールするが、スピードはどうしても落ちてしまう。
竜介は竜介で、狭いこの大垂水峠の抜き所を考えていた。
このコースにはだらりと曲がる左コーナーと、下りのゴール直前に右のヘアピンがある。
その区間で勝負を仕掛けるのがいいだろう。あまりにも短すぎるため、バトルは短期決着になってしまう。
上りも下りもスタートしてから、ゴールするまで1分ちょっとしかかからない。
そんな走り込みを続けていた2人だったが、その日にサーティンデビルズのメンバーと遭遇した。
「大塚を倒した野上ってのは、あんただな?」
「…あんたは?」
「兼山(かねやま)。サーティンデビルズのメンバーだ。後は俺とリーダーだけって事になってしまった以上、俺が頑張るしかないんだよな」
聞くと、大塚とは共にアレイレルから、ドライビングテクニックを教わっていた弟子同士であり、
更にあの、鈴木流斗の師匠でもあるのだとか。
師匠と弟子がやられてしまい、兼山は何だか複雑な気分になっているらしい。
「師匠と弟子を倒したという腕前は本物らしいな。だが、俺だって負ける気はない。
やはり、そのステージに向けて服をコーディネートするかのように車を変更するのは当たり前だと思うよ」
兼山の車は、黄色の80スープラだった。
「口ぶりでは首都高と街道で、乗っている車が違う様だが…」
「ん、ああ。首都高では30ソアラ。街道じゃあ振り回せ無いしな。ま、スープラも似たようなもんだし」
「わかった。…バトルの方法は?」
「LFで俺が先行だ。…俺に勝てたら250万をやるよ!」
「はあああああああーーーーっ!?」
高山が大声を出して驚く。大塚といい、この兼山といい、何なんだと思わざるを得ない。
だが大塚と同じく、それだけの自信があるのだろう。
「3,2,1、GO!」
80スープラはかなりパワーが出ている様で、豪快にホイルスピンさせながら加速していく。
しかしその分ロスも多い。
だがそれでも、兼山は重い80スープラをクイックにコーナリングさせていくのだ。
そしてインドまで行って精神を修行していたことがある兼山は、鋼の精神力と卓越した集中力で、決して諦める事がない。
そんな兼山のスープラのテールを見つめつつ、竜介はだらりとした左コーナーのブレーキングへ。
ここで立ち上がり重視でコーナリングした竜介は、立ち上がりで兼山のイン側に並びかける!
(…!)
並びかけられた兼山は一瞬動揺したが、劣勢になると逆に燃えるタイプだ。並んだまま右、左と来るクランクに近い
S字コーナーを抜け、いよいよ最後の右ヘアピンへ。
ここで大塚の時と同じ様に、兼山にもフェイントを仕掛ける。突っ込み重視と見せかけて立ち上がり重視で…。
兼山は見事に策に引っかかった。最後だと焦って、竜介が突っ込み重視でコーナリングしてくると思い、
自分も突っ込み重視でコーナリングして竜介をブロックしようとした。
その結果、ゴール直前の立ち上がりの加速競争で抜かれてしまい、250万円は竜介の手に渡ってしまったのであった。
「首都高に戻った方が、これ以上傷口が広がらなくて
いいんではないか??あ、いや、俺はさ、街道の
走り屋を悪く思っていないぜ」
残すコースは後1つ。
北の大地・北海道――――――