第1部第10話
「…3000GT? 三菱のGTOのことだよ。海外ではそう呼ばれているんだ」
ぶっきらぼうに作業をしながら、沢村が答えた。
「GTO…速いんですか?」
「ああ。スープラ以上にトルクがあり、しかも4WD。車重はアリストと同じくらいだ、ノーマルではな。重くて速い車だ」
「へぇ…。環状線に行けば会えるって言ってたんですが…」
「そいつは…環状線ならそこまで手強くないだろう。ただ加速がこっちより上なのは明確だから、加速重視のセッティングにしておくぞ?」
「お願いします。いつもありがとうございます」
「良いって」
このオヤジ、結構なんでも知ってやがる。
さて、セッティングをし終えて、テストがてらC1までやってきた京介。
(おお…結構コーナー立ち上がる時に加速が速くなってる)
アクセルに力を込めると、ダイレクトに低回転からでもすさまじい加速ができる。
このFDが絞り出せるパワーはこれがいっぱいいいっぱいだが、セッティング1つでこうも変わるのか、ということに京介は感心していた。
数日かけてセットアップし、いろいろ環状のチームとバトルもした。
数日たってもその感動は今だに無くならない。
と、その感動を妨げるかのようにパッシングの光が。バックミラーを見ると、青くて大きな車が映っている。
(これは…見たこと無い車だな?)
とにかくパッシングされた以上は受けるしかあるまい、という気持ちでハザードを出し、アクセルを踏み込む。
だが後ろの車はFD以上のものすごい加速でこつん、とFDのテールをつついてきた!
(うお! や、やってくれるじゃねえか!)
負けじと京介もアクセルを踏み込む。
C1内回りの霞ヶ関トンネルに突入しても後ろの車は離れない。
(もしかして…これがGTOなのか?)
沢村の言っていた条件に当てはまる。でかいけど加速が速い。多分そうだろう。
(だったら、こいつが四天王の1人目というわけだな!?)
アクセルを踏み込む足に気合いが入る京介。GTOを引き離すために若干ペースアップする。
しかし相手も速い。しかもコーナリングがかなりうまい。
まるで直角に曲がっているかのごとくシャープだ。
重い車をここまでハイスピードでコーナリングさせるのは、かなりのテクニックがあると言っていいだろう。
だが突っ込みの速さは断然京介の方が上。重いGTOはブレーキングポイントがどうしても手前になりがち。
しかもコーナリングスピードも速いとはいえ、FDに劣ることは否めない。
その差もあって、じりじりとFDがGTOを引き離し始めた。
(よし…このまま引き離してやるよ!)
ここは環状線。峠までとは行かないが連続してコーナーがやってくる。
勝負は赤坂ストレートに持ち込まれた。ここで300キロを出せばかなり速い。
ここでGTOがスリップからFDを抜き去り、先にブレーキング。FDもやや遅れてブレーキング。
ちなみに2台とも300キロには届いていない。
そこの突っ込み勝負でFDが、GTOのテールに軽く接触。京介もマジで攻めてきている。
(俺は…まだ負けるわけにはいかない! 勝負だGTO!)
その後はストレートだが、右コーナーの後に左コーナー、更にきつい左コーナーが待ちかまえている。
右コーナーでアウトからアザーカーのR32GT−Rをパスし、ふっとアクセルをオフにして左コーナーに突入。
そして思いっきりブレーキを踏み込んでドリフト状態に持ち込み、左コーナーをクリアした。
バックミラーを見れば、ややGTOが遅れてきてはいるがついてきている。
ここで京介は更にペースを上げ、連続S字セクションに突入。
(GTOが無理をし始めているな。ここは振り切る!)
自分でも驚くほどの突っ込みからコーナリングし、連続S字を抜ける京介。
その京介のFDのバックミラーでは、もうGTOが遙か遠くにかすんでいた。
FDとGTOは首都高を降り、芝公園に停車した。
後ろに停まったGTOから1人、髪の色が変わっている男が姿を現した。
そしてFDの窓をこんこんと叩く。
「よう、あんただろ? アレイレルを倒したFDの宝条って?」
「そうですが…あなたは?」
「俺は稲本 明(いなもと あきら)。サーティンデビルズ四天王の1人だ。環状線では負ける気がしないって思っていたんだが、あんた凄いな?」
明と名乗った男は京介を褒め称えた。
「ありがとうございます。…次の四天王は…?」
「ああ、そうだったな。次の奴は黄色のNSXの奴なんだが…」
「え?」
京介の顔が一気に変わった。
「…どうした?」
「いえ…どうぞ、続けてください」
「そうか。そいつ…今は新環状で走ってる。少し前まで環状線の最速ラップ保持者だった奴だ。特に直線がかなり速いぞ。
新環状は俺が本当は走りたいくらいだよ。でも、今は迅帝の奴が出てきたせいで引退撤回宣言しちまったし、
しばらくはここを走り続けるよ。あんたみたいなのがまたいつか出てくるかもしれないからな。…じゃっ、俺そろそろ帰るわ。じゃあな!」
「さようなら」
明はGTOに乗り込んで去っていった。
1人残された京介は、右手の拳を握りしめる。ギリギリと嫌な音を立てて、握りこんだ拳がきしむ。
(………待ってろ、NSX!)
翌日。京介はFDに乗って新環状へ。その途中、京介はどこかへ電話をしていた。
「…ああ。すまないな、迷惑かけて。じゃあ、頼むぜ」
電話を切ると、京介はFDのアクセルを踏み込み、新環状への首都高入り口を駆け上っていった。
(俺のチームの奴を傷つけた分、きっちり落とし前つけてもらうぜ)
PAに着き、ボンネットを開けてエンジンルームのチェックをする。今日の朝一で沢村のショップに出向き、加速重視のセッティングをしてもらった。
(異常は無し。アイドリングもバッチリだ)
ボンネットを閉めてタバコを取り出し、気を落ち着かせる京介。
するとどこからか、甲高いエンジン音が聞こえてきた。
ものすごいスキール音を響かせながらPAに入ってくる1台の車。それは。
(あいつか…!)
黄色のホンダNSX! 走り屋達の証言内容と、ピッタリ一致する。
京介は、PAに入ってきたそのNSXの前に立ちふさがった。
NSXはその前に停車。
そしてドライバーズシートから降りてきたのは、1人の眼鏡をかけた男だった。
「やあ。君、走り屋か?」
「そうだけど…」
「僕結構ここに来てるんだけどさ、この頃バトルの相手がいなくて退屈してたんだよ」
すると、FDに気がついた男が嬉しそうに確認する。
「…おっ? へーぇ、FDかぁ。孤高のピュアスポーツ。いい車だ。サーキットでも相当速いしな。
でも低速トルクがスカスカだからなぁ。ロータリーって燃費も悪いし? 大体乗ってる奴がピュアって限らないからなぁ」
初対面にもかかわらず、ニヤニヤしながら京介のFDをバカにする男に京介は切れる。
「おい…口を慎んだらどうだ? 四天王のオッサンよ?」
男の胸ぐらをつかむ京介。
しかし男は続ける。
「はっ…せっかくバトルしようと思ったのに、心外だなぁ? ……ああ、サーティンデビルズに立ち向かっているFDって、君か? 暴力的だな?
しかもちっとも速そうに見えないから、不思議だよね?」
「…チッ…!」
その男の言葉に、乱暴に男を突き飛ばす京介。
「どれほど自分のテクに自信あるかは知らねぇが、初対面の相手にそこまで言われたくねーよ! 大体人を傷つけておいて、自分はのうのうと走ってるってか?」
だが、その問いに男はキョトン、とする。
「何だそれ…どういう意味だよ?」
「とぼけんじゃねえ! てめーのせいで怪我人が出てるんだよ! その落とし前、きっちりつけてもらうぜ!」
「な、何言ってるんだよ!」
「フン、あくまでとぼけるつもりか? だったらバトルでそれを思い出させてやるよ!」
京介先行、NSX後追いでバトルが組まれた。新環状線右回りの1周勝負だ。
環状線より直線でスピードが乗る新環状。FDには若干不利だろう。
湾岸のPAから出て、FDとNSXが加速し始める。
最初はNSXが、パワーに物を言わせてFDのテールをつつく。
(パワーじゃ負けるな…)
その後は台場線への高速右コーナーに入る2台。
ここでNSXはゼロカウンタードリフトを決め、その後のストレートで一気に並ぶ。
(くっ…確かに、あんな性格だけど…かなりの腕だな。…やばい、抜かれる!)
京介はアクセルを踏み込むが、3リッターのNSXはいとも簡単に京介のFDを抜き去った。
(くそっ!)
「バーカ! ざっとこんなもんさ! ししし…!」
NSXの男は、車内で京介をバカにしていた。
その後はいくつか超高速コーナーを抜け、レインボーブリッジを渡る。その後にS字が待っている。
NSXは何事もないように、S字をゼロカウンタードリフトで駆け抜ける。腕が良い。
(やはりうまいな。さすが四天王と呼ばれるだけのことはある)
だが京介もしっかりとハンドル操作とブレーキング、アクセルワークで、離されない様に食いついていく。
その後、汐留S字にさしかかり、突っ込みで京介はNSXのテールをコン、とつついた。
(あーっ! 板金代バカにならないってのに…!)
さっきあんたもぶつけてたくせに、何を言うか。その後はお互い一歩も引かず、銀座線を抜けて新環状へ入っていく。
この辺りは細かい中速コーナーが、連続して襲い掛かってくるセクション。
ここで京介はこのバトルをそろそろ終わらせるために、大き目のRが連続して襲ってくるS字でブレーキを遅らせる!
(え…えっ?)
もっと勝負を最後で仕掛けてくるだろう、と思っていたNSXの男は、京介に反応してブレーキングが遅れる!
そこですっかり動揺してしまった彼は、勢い余ってアウト側に突っ込んでしまった。
(ひーっ! ダメだ動揺したあっ!)
外側の首都高のコンクリート製の壁に接触し、自慢のNSXはフロントに大きなキズを作ってしまった。
それをバックミラーで見ていた京介、ぽつりと心の中で一言。
(…うわ、かっこわる)