A Solitary Battle Another World Fight Stories 8th stage第16話
(あれは馬車か……)
検問の近くに馬車が停まっている。それを見てエヴェデスの頭にとあるアイディアが思い浮かんだ。
(今の追っ手の奴等は自分と同じ甲冑を着込んだ人間を疑ってるから、それ以外の格好してる人間への
注意が疎かになってる筈だよな……)
そうそうすんなりと行くかは分からないが、とにかく思い付いたアイディアが今の所はそれしか無いので
エヴェデスは行動を開始する。
下手にダッシュすると目立ってしまうので、ここは歩くペースを変えずになるべく自分の姿が視界に入らない様に
周囲に視線を廻らせつつ馬車の駐車場に近づいて行く。
人間は動く物体に目が行きやすい。
そして素早く動く物体とゆっくり動く物体では、素早く動く物体の方がどうしても目で捉えやすいので、
例えば前線で相手の背後を取ったり相手の様子を窺いたい時にはゆっくり物陰から身を乗り出し、
そしてまたゆっくりと戻るのが当たり前だ。
エヴェデスが歩くペースを変えないのは軍でそう教えられたからだ。
顔は出ているがマントで服装を隠している為、すぐに気付かれると思いきやこれが案外気付かれないのも
そう教えられたからだった。
下手に挙動不審になるよりは堂々としていた方が、他の人間の目から見ても怪しまれ難いのは確かである。
それはこの町のこの状況でも同じであった様で、エヴェデスは馬車の駐車場へとあっさり近づけてしまったのだ。
(後はここから……)
3台停まっている馬車の幌の中の荷台をそっと覗いてみて、その中で荷物が多くて尚且つ自分の身も隠せそうな
荷台に潜り込むエヴェデス。
馬車の奥行きはそこまで広くない為、なるべく奥に身を隠す事が重要だ。
荷物が多ければ多い程、1つや2つ荷物が増えた所でばれ難い。それが荷物を運んでいる馬車なら尚更の事だ。
限界まで身を屈めて、耳がキャッチする音と身体で感じる気配で外の様子を窺っていると唐突に馬車が動き出した。
「っ……!?」
ばれたのか? と思ったがそうでは無く、駐車場に停めてあった3台の馬車が動き始めたらしい。
外から聞こえて来る色々な声を頭の中で整理した所によれば、騎士団員の格好をした人間が怪しいと
言う事で総員を集めて身体検査をする為にこの町の入り口の広場を使うらしい。
この場所の検問に関しては、すっかりその騎士団員が怪しいと言う事でロクにチェックもされずにエヴェデスは
町の外に脱出する事が出来た。
(良いのか、こんなので……)
敵ながらその雑な警備にエヴェデスは呆れるしか無かった。
普通は外に出ようとする物を調べる検問を張ったのなら、きっちりこの馬車も調べるべきだろうよ……と思わざるを
得なかったものの、とにかく脱出出来た事で危機は去った様である。
(まぁ、上手く行っただけ良いか……)
自分達の実力を過信しているのか、それともただ単に馬鹿なだけなのか。
どっちにしてもエヴェデスにとってはありがたい事に違いは無かったのだが。
呆れるエヴェデスを乗せ、3台の馬車は1列で隊列を組んで街道をハイペースで進む。
(何かスピード速くねえか?)
馬車ってもっとゆっくりした物だと言うイメージがあるエヴェデスだが、この揺れ方を見る限りでは明らかにペースが速い。
馬が暴れてるのか、それとも急がなければならない目的があるのか。
(乗り心地は悪いけど、少しでもあの騎士団の連中から離れられるならそれで良いよな)ガタガタと不規則に揺れる
この馬車の荷台で、その揺れから来る酔いに対して何とか耐えつつもエヴェデスは何処までこの馬車が移動するのかに期待していた。
しかしこの時まだエヴェデスは気が付いていなかった。
この馬車の中に、エヴェデスの未来を決めてしまう物品が載せられている事に……。
その物品とエヴェデスを載せたまま、体感時間でおよそ25分。
既に揺れによって完全に酔ってしまった頃、ようやく馬車のペースが落ちた。
「……うー」
気持ち悪いし吐き戻したい気持ちで一杯一杯なのだが、今ここで吐いてしまったら汚れるし臭くなるし何よりペースを
落とした事で自分の存在がその吐き戻してしまった物でばれてしまう恐れがあった。
だからここは少しでも気分を紛らわせる為に何か飲もうと思い、身を起こしたエヴェデス。
すると今度は馬車がガクンといきなり止まった。
「うおっとぉ!?」
身を起こしてまだ不安定な所でいきなりストップしたものだから、踏ん張る事も出来ずにゴロっと転がってしまった
エヴェデスは「ゴン」と間抜けな音をさせて荷台の床に後頭部を打ち付ける。
「ってぇ……何なんだよ……」
ぶつけたその後頭部を手でさすりつつ、エヴェデスはもう1度身を起こした。
馬車が止まったと言う事は、もしかしたら幌の中をチェックされる可能性もある。
だからここはさっさと馬車から出るべきだと思いつつ、後頭部の痛みと吐き気をこらえながら自分の荷物を持って
エヴェデスは慎重に幌の外の様子を窺う。
(良かった、この馬車がどうやら最後尾みたいだな)
もしこの馬車が先頭を走っていたら。
もし2番目の隊列になっていたら。
エヴェデスは後ろの馬車の御者に気が付かれ、降りるに降りられない状況になっていただろう。
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