A Solitary Battle Another World Fight Stories 7th stage第54話
そんな息切れを起こしている状況でも、今のアルジェントは立ち止まる事は出来ない。
結局こうして公都バルナルドへと戻って来てしまった以上、再び自分を開発施設まで
連れて行ってくれる移動手段を見つけなければならない。
だけど馬車を見つけた所でまたラニサヴの息が掛かっていたら同じ事の繰り返し。
それを防ぐ為には一体どうすれば良いんだろうと腕を組んで息を整えながら悩んでいると、バルナルドの城門付近で
旅人風の男女がそれぞれ会話を交わしているのが目に入った。
(あーあ、俺にもああ言う仲間がこの世界に居ればなぁ)
ファンタジーの世界には疎いアルジェントだが、冒険ストーリー位なら少しは分かる。
主人公が信頼出来る仲間に出会って、その仲間と一緒に旅を続ける中で生長したり悩んだり苦戦したりと言った
色々なシーンがありつつも、ハッピーエンドで最終的には終わるのが当たり前だ。
中にはバッドエンドだったり、バッドでは無くても気持ちがモヤモヤするエンドがあったりするが大抵はハッピーエンドである。
しかし、今までの事を振り返ってみるとアルジェントには信頼出来る仲間……自分の立場で言えばラニサヴが居たが
最終的にはこうして敵になってしまった訳だし、城に運良く保護されたとなっても実際には自分が異世界から
やって来た人間であるからこその研究対象としての軟禁生活。
唯一の味方である大公も様々な要望を突きつけたら全て通してくれた人物ではあるにせよ、この事件が終わったら
自分を無事に地球へ帰してくれるかまだ確約されていない今の状況ではこの先で敵になる可能性だって有る。
特に何か成長する様な展開があったかと言われればそうでも無く。
武器や防具が使えないと言った自分が不利になると気付かされる出来事はあったものの、それで悩んだ事が
あると言えばあるがそこまで大した結果にはなっていない。
今の状況ではシラットの徒手格闘や軍隊格闘術で切り抜ける事が出来ているからだ。
これ、と言われればあの洞窟の中での出来事位なものがこの世界における最大級のイベントであるが、
それよりも地球とは違う世界があってその世界に自分が来てしまった事がアルジェントにとっては人生最大のイベントで
ある事に間違いは無かった。
(それはそれだけど、この世界でのイベントで考えれば俺がこれから向かう開発施設で……)
間違い無く修羅場を迎えるだろうとアルジェントは確信していた。
敵地の中に自分1人で乗り込む予定なのだから修羅場にならない訳は無いし、最終的にラニサヴが
素直に降伏してくれるとも考えにくい。
あの資料を読んでいた限りでは、少しずつ少しずつじっくり時間をかけて前々から研究施設を造ってキメラの
実験をしていた様なので、今更それを他人に壊される訳には行かないだろう。
(俺があいつの立場でも同じ事を考えるぜ)
今はあいつの立場じゃ無いけどな……と考えるアルジェントの前で、その旅人らしき一行の中から1人の
若い男が城門へと向かって馬を歩かせる。
どうやら彼はもう城門を出て行くらしい。
そしてそれを見たアルジェントの頭に、パッと閃いたアイディアがあった。
(……あっ、その手があったか!!)
やってみる価値はありそうだ。
別にその若い男を襲って馬を強奪するなんて事は、今の名ばかり少佐の頭では考えていない。
そもそもアルジェントは馬に乗れないのだし、そんな事をする位だったらあの馬車の馬を奪い取ってとっくに
研究施設に向かって走っている頃だ。
それよりももっと平和的に、そしてお互いに得があるやり方を思い付いたアルジェントはその馬に近付く。
「あー、ちょっと良いか?」
突然声を掛けて来た、黒尽くめの見慣れぬ格好をしている男に対して馬上の若い男は訝しげな視線を向ける。
「何ですか?」
「悪いけど馬車の代わり頼めねえか。どうにもなかなか捕まらなくって、ちょっと急いでんだ。それ相応の礼はするからよぉ」
「……」
正直、今の彼には金が無かった。
もしこの男がそれなりに謝礼を支払ってくれると言うのであれば、行き先が自分と合っていれば乗せても
良かったが……その前にこの男からは日常生活の中で感じる筈の「魔力」の気配が無かった。
この男を馬に乗せたらきっと良く無い事が自分に降りかかって来るのでは無いか?
どんな謝礼があるのかも分からないし、やっぱり断ろう……と決心した男の膝の辺りにずいっと大きな袋が掲げられる。
「これ丸ごとやるからよぉ。中身確認してくれても構わねーぜぇ?」
訝しげな目は相変わらずのまま、魔力を感じる事が出来ない男から恐る恐ると言った感じでそれを
受け取る馬上の男だが、その中身を見た途端一気に顔色が変わった。
「こ、これ本当に受け取っても良いのか!?」
「ああ、良いぜ」
「全部か!? 全部だよな!?」
「ああそうだよ。で、俺を送ってくれるのか?」
「勿論俺の行き先と反対方向だろうとも送ってやるよ! で、何処なんだ?」
そう問い掛けられたアルジェントは、自分で行き先を書いたメモを渡して「この近くの町まで頼むぜ」と
有料ではあるもののヒッチハイク……もとい、個人タクシー成立だ。
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