A Solitary Battle Another World Fight Stories 7th stage第43話


だが間違ったトレーニングをして怪我をしない様にするのは、痛みが伴うトレーニングの前に考えなければならない。

武術の世界でも身体が資本なのは当たり前。身体を使うからこそ武術。

そしてその身体の事を年月を重ねて分かって行くからこそ、武術の奥深さや面白さが見えて来る様になるのだ。

その為にも怪我をし難い様にトレーニング前のウォームアップ、軽いストレッチ等は必須。

怪我をし難い身体を作る事は日々の心掛けも大事なのだ。

上半身もそうなのだが、武術で必要なのは下半身のしなやかさと柔軟さ。

身体全体を支えるに当たって足腰の強靭さとバランス感覚は1番最初に鍛えても良い位のメニューである。

当然アルジェントもそこは分かっているので、まずは座り込んで前屈をしたり軽くキックをしたりして徐々に身体を

スムーズに動かせる状態に持ち込んで行く。

軍隊格闘術の時はジャンルが格闘技とは少し違う「実戦」をイメージした武術トレーニングなだけに自分を苦しめる状況に

持ち込む事も良くあるが、今のアルジェントは別に軍隊格闘術をやっている訳では無いのでそこまでのレベルの

トレーニングをするつもりは無かった。


そのストレッチを終えたアルジェントは自分の習ってきたシラットを久しぶりに精一杯この世界で披露し始める。

と言っても別にギャラリーが居る訳でも無いただの1人演武でしか無いのだが、アルジェント自身も特にこのシラットを

誰に見せると言う目的は無かったのでそう言う事は気にせずにトレーニングを続ける。

プンチャックシラットは様々な流派があるが、アルジェントが習っているのは「プリサイ・ディリ」と呼ばれる動物のポーズや

人間のポーズをイメージして作られた動きや戦い方が特徴的なシラットだ。

基礎のテクニックである「ミナンカバウ」で鷺の技「シカップ・ブルン・クントゥル」や虎の技「シカップ・ハリマオ」等が動物の

ポーズとして存在している他に、人間の技で勇士の技「シカップ・サトリア」僧侶の技「シカップ・プンデタ」等も存在している。

身の回りで生きている生物の動きから成り立つこの流派のそれぞれのポーズを、異世界であるこのエンヴィルーク・アンフェレイアでも

忘れない様にアルジェントはその身体に染み込んだ経験で再現して行く。


太陽の下で照らされながら、色々な生物がアルジェントによって生み出されて行く。

特に虎の技のハリマオは相手がキックをして来た時に低い体勢でそれを受け止め、もう一方の軸足に肘を叩き込む事が

出来たりする等の低い姿勢からの攻撃や反撃を可能にしたりする。

相手がどんな体勢で来ようとも、それを受け流したりブロックして反撃が出来るテクニックがシラットの歴史で作られて

受け継がれて来たのだから。

それを次世代に受け継いで行く為に、またアルジェントもこうして忘れない様にシラットのトレーニングを長年やって来たのだから。

そして、そんなシラットの動きを見ていた人物がアルジェントの元にやって来た。

「異世界からやって来た人間のやる事は、未だに良く分からないものだな」

「へっ?」


シラットのポーズに熱中していたアルジェントにそう声を掛けて来たのは、忙しいと言われていたこの国のトップだった。

「た、大公さん? どうしてここに……」

「仕事が一段落したからこうして来てみたのだが、そなたが裏庭に行ったと聞いて窓から眺めていたら

何やら面白い動きをしているものだと思ってな」

一体何をしていたんだ? と聞かれてアルジェントは素直にこれが自分の習って来た武術であると言う事、

長く習って来て人に教えられる立場の資格も持っている事、それからこの世界でもその武術であるシラットの事を忘れない様に

したいからこうしてトレーニングしていた事を話した。

大公がわざわざここに来てくれたのは正直アルジェントにとっては予想外の出来事だった。

けど、理由はどうであれこうして出会う事が出来たのであればタイミングが良いのでアルジェントは尾行結果を

出来るだけ簡潔に話す事にする。

「……そうか、そなたも見失ってしまったか」

「はい。本当に路地裏から姿を消してしまいました。辺りの気配も探ってみたんですけど、やっぱり騎士団長は何処かに

ワープしてしまったみたいですね」


ワープと言うのはアルジェント自身の比喩の一種だったが、それを聞いた大公は何かを考え込む素振りを見せた。

「どうしたんですか?」

「……ああ、そのワープに関して心当たりが無い訳では無いのだが……確証がまだ持てん」

「んー、それでも俺にとって有益な情報であるのなら話して欲しいです」

だが大公は首を横に振った。

「話すと長くなる。それにここは意外と人の出入りが多くてな。昨日のそなたの部屋の様に人が余り通らない場所では

無いから迂闊な事は話せない」

それでも、とアルジェントに対して大公はこれだけを話してくれた。

「転送陣と言う物がある。それを使えば、魔術の力で一瞬で別の場所に生き物の身体や物体を移動させる事が

出来るとだけ教えておこう」

「転送陣……あっ、まさか!?」

何かに気がついた様子のアルジェントを見て、大公も満足そうに頷いた。


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