A Solitary Battle Another World Fight Stories 4th stage第55話


「なるほどな」

「っ!?」

いきなり何の前触れも無く、何処からか聞こえて来た声にレナードの心拍数が一気に跳ね上がる。

「魔力が無いから、その分こうやってトレーニングしてるって事か。努力家だね」

声の聞こえて来た自分の後ろをバッと素早く振り向いたレナードの目に映ったのは、やっぱり見間違いでも勘違いでも

無かったと再確認出来る存在。

前日の夜に自分と格闘戦を繰り広げ、そしてあの料理屋のテーブルでやけに落ち着き払っていた態度の

賊の男に間違い無かったのである。

「なっ、き、貴様はっ!?」

驚きこそしたものの、2回目とあってか今度はもう躊躇せずにレナードは入り口のドアに向かって走り出そうとした。


だが、そんなレナードの足が思わず止まってしまう位の衝撃的な一言が賊の口からレナードの背中に向かって投げかけられる。

「君は……この世界の人間じゃ無いね」

「……っ!?」

一瞬固まってしまって目を見開くレナードに対し、男は口の端に笑みを浮かべた。

「やはりそうか。では、もし俺が君の世界に帰る方法を知っている……と言ったらどうする?」

「な、何ですって……!?」

今まで、リーフォセリアの王都カルヴィスでも手に入れる事が出来ずに滞っていた地球へ帰る方法。

それをこの男は知っているのか!? とレナードは2度目の動揺をする。

「動揺しているね。でも、到底信じられないだろう?」

「……ええ。そちらが敵か味方かすら分かっていませんし、何より城に侵入した族ですから敵と見なす方が私は正しいと思います。

ですからその情報も素直に信じる気にはなれませんね」


レナードの何とか冷静になった口調のセリフを聞いて、クールな感じの賊の男は納得した様子で頷いた。

「ふぅん、ああそう。まぁ信じるも信じないも勝手さ。確か君のやって来たのは地球……だったかな?」

「……誰かから聞いたのですか」

「酒場とか回ってたら色々とね」

(そうか、アンリさんに連れられて向かったあの冒険者ギルドの連中から洩れたのか)

口の軽い連中め、とレナードは苦虫を噛み潰した様な顔をしながら男の出方を窺う。

「それで、私が地球から来たとしてその情報をわざわざ何故私に教えようとしているのです?」

「知りたい?」

「はい、それはもう」

レナードの返答に賊の男は首を縦に振った。


だが、男は次の瞬間思いがけない行動に出る。

「知りたかったら、俺を捕まえてみるんだなっ!!」

そう言って男は窓に向かって走り、一切の躊躇無く飛び下りる。

「なっ、おい待てっ!!」

この時、レナードは冷静さを失ってしまっていた。

これがこの先の重大な事態に繋がる事を、一緒に飛び下りて賊の男を追いかけ始めたレナードは知る由も無かった。

もしこの時のレナードが冷静な状態のままであれば、「何を馬鹿な事を」と鼻で笑いつつすぐさま騎士団員達に

再び賊に侵入されてしまった事を伝えに行っていたであろう。

だが「地球の情報を知っている」と言う男のセリフはレナードに本来の持ち味である冷静さを失わせるには十分である。

地球に帰りたい。それだけで今までここまでこうやって行動して来た以上は、自分の目的である帰還に繋がるのであれば

何でも貪欲に情報収集したり行動するつもりでいた。

事実、地下にあると言う古い文献に関しても何時かアンリを始めとする王国騎士団の目を盗んで目を

通しておくべきだとも考えていたのだから。


この部屋は3階に位置しているのだが、実は手が届きそうな位の近い位置に大きな木があった事に賊が飛び下りた方向を見て気がつく。

レナードはその気に窓枠から踏み切ってジャンプして飛びつき、スルスルと木を下りて追撃態勢に移る事が出来た。

(人間の祖先がサルと言うだけの事はある)

そう思いながら男を追いかけ始めるレナードだが、誰かを呼びに行く暇も無い程男の足は速い。

レナードも今までのプロレス生活や日々のトレーニングで培った身体能力を活かして男の背中を見失わない様にしているものの、

途中で足を止めてしまいそうな程の光景に目を疑った。

(……!?)

そこかしこに見張り番をしていたであろう騎士団員達が倒れている。

走りながらでは騎士団員達の状態確認は出来ないが、息絶えていないで欲しいと心の中で思いつつレナードは

男の背中を見失わない様に足を動かしていた。


(くっ、きつい……)

しかし、何時もならこの程度で身体がバテる筈は無いのに今の自分は身体が重い事に走りながらレナードは気がつく。

そしてその原因に思い当たるまで数秒の時間を要した。

(そうか、私はさっきまでトレーニングをしていたからだ!!)

自分の体力や持久力を維持する為に、余程の事が無い限り毎日欠かしていなかった筋力を含む日々のトレーニングが、

ここに来て完全に裏目に出てしまうとはレナードにとって大誤算である事に間違い無かった。

男は3階からあの木を伝って飛び下りた訳でも無いのに、走り方を見る限りダメージは無さそうなので魔術を使ったのだろうと

レナードは推測しつつ心の中で叫んだ。

(魔術を使おうが、絶対に貴様だけは逃がさない!!)


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