Trip quest to the fairytale world第2部第15話(最終話)


ハールが合流した頃には時間的にもそろそろ夕食を考える頃だった。

ハールはすっかりそのつもりでアレイレルを誘ったのだが、さらりと躱されてしまった。

昼は蕎麦だったというので夜はどうしようかとスマートフォンで検索しているのだが、

横の麗筆はショーウィンドウに飾られた高級感あふれるチョコレートに眼が釘付けだ。

「チョコレート、好きなのかい?」

「ええ。滅多に口にはしないのですが、とても好きですよ」

『麗筆はど田舎に住んでるんだもんね〜』

「失礼な! ちょっと森の中なだけじゃないですか!」

『でも、その方が健康的よ、街にいると偏食ばっかりだもん』


そういえば、とハールは思い出す。麗筆がまともな食事を口にしているところを見たところがない。

昨夜も今朝も生クリームとフルーツたっぷりのサンドウィッチだのジャムでベタベタのクラッカーだのといったものばかりだ。

「麗筆……ちゃんと食べてる?」

「必要なときに、必要なものを食べています。ご心配なく!」

『嘘つき〜』

「黙りなさい」

ハールは思わず苦笑しながらも、土産にどうかと打診した。『それってもしかして口説いてるつもりなの?』と

Dちゃんがからかうが、それでも構わずハールは店に入った。


バレンタインデー直前の、それも会社が捌けた後の時間帯である。店内は塾へ行く前の学生や仕事帰りの社会人で

混雑していた。それも女性ばかりだ。買い求めた手頃なチョコレート・ボックスはいかにもなラッピングがされていた。

ちなみに、ハールが押し合い圧し合い苦労している間、麗筆は親切な店員にもてなされて試食をしていた。

「本当にありがとうございます、ハール」

「虫歯には気をつけて。食事はしっかり摂るように」

これでは偏食に荷担しているも同然だが、喜んでいるから良しとした。一気に全部食べたりはしないだろう、多分。

それにその辺の安い奴とは違うカカオ70パーセントのチョコレートだから、悪影響ばかりではない、はずだ。

結局、夕食はバルという呼び方で日本でも親しまれているイタリアの大衆酒場形式の店に決めた。

手頃な値段とボリュームの一品料理はメニューも豊富であるし、食べ慣れない物でも気軽に挑戦できるからだ。

一緒に過ごす最後の夜だ、車は置いてきたので大人同士、一杯やろうと決めていた。

幸い、自分が卸している店なのでオススメの酒もしっかり頭に入っている。


食べて飲んでしていると、麗筆も酒が入ってか舌が軽くなってきた。

「本当のことを言いますと、ここへ来たのはDのことや頼まれ物があったからというわけではないんです。

このところどうにも失敗続きで、逃げ出したかったというのが本音、なんだと思います」

「そうだったのか」

「はい……ぼくは、世界を救うために一番確率の高い方法を採ったのです。だというのに、お師匠は賞賛され、ぼくは排斥された。

ぼくたちにどんな違いがあったのでしょうね? お師匠を越えてやるんだと思って研鑽を積んできましたが、少し、疲れました……」

いつでも余裕そうな表情の麗筆にもそんなことがあるのかと、ハールは意外に思った。そして、それを酒の席でのこととはいえ

打ち明けてくれたことが、心を開いてくれたように感じて嬉しかった。こういうとき、からかってくるかとヒヤヒヤしたDちゃんも

鞄の中でおとなしくしている。存外空気の読める女の子だ。


ハールは麗筆の肩を軽く叩き、空になったグラスに清酒を注いだ。

「僕にも覚えがあるよ。師匠を越えるっていうのは、大きな目標だ。だけど、果たして『越えられた!』と思った瞬間に

本当に越えられているんだろうか? それはただの慢心じゃないだろうか、錯覚じゃないだろうか、って考えたことあるかい?」

「………………」

「師もまた老い、だからこそ越えるという瞬間があるかもしれない。でも、得てして忘れがちだけど、自分自身もまた誰かに

越えられる対象なんだよね。僕もアレイレルも、仲間内での格闘総合ランキングの順位は確かに年々下がっていっている。

それでも、自分が劣っていっているとは思わないよ。だってそこでの強さだけがすべてじゃないんだ。

それに、技術的な面では負けてない。まあ、とにかく何が言いたいかっていうと、腐らずに自分を磨き続けろってこと。

本当に越えなきゃいけないのは、いつも自分自身なんだよ、麗筆」

麗筆はハールの言葉にじっと聞き入っていた。そして、何も言わずにコクリとひとつ頷いた。それだけで充分だった。


最後はどこから帰るのか、どこを見てから帰りたいかと麗筆たちに希望を聞いてみると、Dちゃんが

『この街を見下ろしたい!』と言うので最後の観光スポットは東京スカイツリーに決まった。アレイレルに行き先をメールすると、

二人と一冊はさっそく目的地へと足を運んだ。もちろん行くのは天望回廊だ。昼と夜とで趣が変わるのはどんな場所でも

同じことだろうが、地上400メートルを越した展望デッキから見下ろす大都会の夜景は格別だろう。

なぜかそこまで混み合うことなく入場し、エレベーターで昇っていく。

またぞろ何か術でもかけたかとハールが青年魔術師の方を伺うと、麗筆はそっと唇に指を寄せて微笑んだ。

東京スカイツリーの最終入場時間は21時だ。アレイレルもギリギリながら滑り込み、天望回廊への

専用エレベーターに乗ることができた。客もまばらな展望デッキでは、目当ての人物たちはすぐ見つかる。


開口一番アレイレルは麗筆をなじった。

「あのなぁ! すぐ術に頼って他人を操るのやめろ!」

「嫌ですねぇ、人聞きの悪い。ちょっと暗示を利用して、どうしてもここに来たいと思っている人間以外には

お帰りいただいただけですよ。彼らも大事な用事を思い出したり、もっと別の素敵な場所を思いついたんでしょう。

観光客に迷惑がかからないよう、ちゃんと餞別したつもりですよ」

「う〜〜!」

「まぁまぁ、落ち着いて」

うなるアレイレルをハールが宥める。その腕に抱かれているDちゃんは他人事のように楽しげに笑っているだけだ。

ちなみに、今もまだ青梅コンテナ埠頭で捕まったときと同じようにしっかり錠がかけられ、鎖で縛られているままだ。

『んもう、アレイレルの怒りんぼさん! ほら、周りを見てよ。すごい景色!! 私こんなの初めてなのよ。だから一緒に楽しんでちょうだいよ』

「……ったく。今回だけだぞ」

『わぁ〜い!』


今回だけ。その言葉は案外重く彼自身の心にのしかかった。厄介事とおさらばできるという以上に、やかましい本と

魔術師がいなくなると静かになりすぎる。それに、会いたいと思うわけではないが、もう二度と会えないとなると寂しさを

感じるのが人間というものだ。この年齢まで生きてくると、永遠の別れをする経験は嫌でも増えてくる。

しんみりした気持ちを振り払うように、アレイレルはDちゃんを連れて夜景を見ながら色々と解説をしてやることにした。

「麗筆は見て回らないの?」

「ええ。規模は全く小さいものですが、似たような景色は見たことがありますので。

人間というのはおかしなものですね、ハール。どこにいても、いつの時代でも、同じことを繰り返したがるのです」

「それは面白いね、人間って根本はあんまり変わらないんだ。僕も生まれ育った場所からこんなに遠くにいるけど、

確かに自分が『変わった』ってそんなに思わないものなぁ」

「ここに来てみて良かった。新しいことを知ることができましたし、何より自分の中にあるものに気づけたように思います」

「旅は人を成長させるからね」

「違いありません」


麗筆はふっと笑うと、カンバス地の肩掛け鞄から筒状に巻かれた大きな絨毯のような物を取り出した。

とてもじゃないが彼の鞄には入らないであろう質量だ。何と言っても中ぐらいのラグか短めのカーテンくらいある。

「ちょ、ナニコレ!?」

「ウサギたちからの贈り物です。ようやく出来上がったとか」

「あ、キャロッテたちから? 彼女たち、元気?」

「ええ。あちらの世界では時間がたつのが早くて、すっかりお婆ちゃんですけどね。結婚して孫に囲まれてますよ」

「そっか……そうなんだね」

「ぼくたちが帰るまで、中は見ないでくださいね。恥ずかしいので!」


そう言うと、麗筆はアレイレルを呼んでDちゃんを返してもらった。

『もう帰っちゃうの〜』

「わがまま言うんじゃありません。彼らも仕事があるのです」

『ちぇ〜!』

「あ、そうだ、これ……」

アレイレルが上着のポケットから出したのは、なんとチョコレートの箱だった。考えることは同じというやつか。

ハールは笑ってアレイレルを肘でつついた。

「ありがとうございます、アレイレル。大事に食べますよ。さあ、これで本当にお別れです。そうそう世界を

越えることがあっては困りますからね……おそらく、これが最後になるでしょう。どうか二人ともお元気で」

「お前もな」

「麗筆、Dちゃん、さようなら。それでも僕は、またねと言いたいな。元気で……頑張って!」

『二人とも、ありがとう! 事故には気をつけてね〜!』

「おい!」

「あはは……」


麗筆はしっかりと握手を交わした後、左手を肩の位置まで上げてパチンと指を鳴らした。すると、窓の外に白い物がチラつき始める。

「雪……」

「ぼくからもお返しの贈り物です」

「って、雹じゃないか、これ!?」

「えっ」

『やだっ、もう、同じこと考えてたんなら言ってよ麗筆!』

「D、どうして余計なことをするんですか貴女は!」

『私のせいじゃないも〜ん!』


すぐに雹の勢いはなくなり、柔らかい雪に変わった。どこまでも騒がしい二人は、帰るときも騒がしかった。

バレンタイン当日ではないが、恋人たちのロマンチックな夜を飾るには相応しい贈り物だった。

まあ、アレイレルとハールには縁のない代物だったが。

絨毯を広げてみると、なぜ麗筆があんなことを言ったのか、ハールにはすぐ分かった。

キャロッテはあの言葉通りに二人を英雄として物語を作ってくれたのだ。

その中では麗筆は悪役で、ハールとの対決もしっかり組み込まれていた。

とりわけ、白いウサギを顔にくっつけている麗筆の姿は二人の微笑を誘ったのだった。



Trip quest to the fairytale world 2nd stage 


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