Trip quest to the fairytale world第2部第11話


「人気のないどこかって、どこだよ。お台場って言ったって相当広いぞ……」

東京臨海副都心とは、都が定めた七番目の副都心だ。

複数の特別区にまたがり、その広さは442haとされている。アレイレルも口にしたが、お台場という呼び方が定着してからは

「レインボータウン」という公式愛称は忘れ去られているようだ。アレイレルは頭の中の地図を思い起こしながら、

麗筆に質問を重ねていく。“視えた”イメージからするとそこは、青梅あおみコンテナ埠頭で間違いなさそうだった。

ここから江東区青梅まではノンストップでも六時間弱かかる。長い戦いになりそうだった。

「近くまで行けば、詳しくわかるんだな?」

「任せてください」

アレイレルの念押しに麗筆は微笑んだ。


先に走り出したハールはと言うと、意識はともかくその肉体は完全にDちゃんの支配下にあった。

現実感が薄く、まるで夢の中にいるかのような浮ついた心地であるのに、手や足は的確なハンドル捌きとペダルコントロールを

見せている。自分の意志ではピクリとも動かぬ体に恐怖を覚えながらも、ハールは何とかしようともがいた。

(ううう、このままじゃクラッシュさせられちゃうよ〜。やっぱりあれは呪われた魔本だったんだ〜!)

ハールが恵に教わったお祓いの呪文を懸命に思い出そうとしていると、くすくすという女の子の笑い声がした。

(D!)

『あらやだ、Dちゃんって呼んでくださいな、ハール』

(僕をどうするつもりなんだ!)

『ふふ、少なくともクラッシュさせたりなんてしませんから、安心してください。今、貴方の記憶にある、

青梅埠頭に向かってるんです。そこが一番決着にふさわしそうでしたからね』

(青梅? あのコンテナばっかりある場所のこと? それに決着って……?)

『もう、質問ばっかり! でも、優しい私は答えてあげます。昨日の晩、貴方の半生をずっと鑑賞していて

楽しませてもらいましたもんね。こっちの世界はちょっとだけ私の声が伝わりやすいせいで、

心の声まで聞こえちゃうんだもの、ハールを寝不足にさせちゃったお・わ・び・です!』


そう言ってDちゃんはまたかん高い声で笑った。いや、それよりも今の台詞の内容である。

ハールの半生をずっと鑑賞? 生まれてからこれまでを? ハールはそれを聞いて叫び出したい気分になった。

むしろ叫んでいた。今のハールは言わば精神体である、心の声はすなわち精神体の声だ。

『んもう、私の心の声だって貴方たちに筒抜けだったんですから、これでオアイコでしょう?』

(う〜、どうせ記憶を覗かれるなら美少女が良かったよ……)

『ちょっとぉ! こんな美少女つかまえて、失礼しちゃう!

危機的状況であるような気もしていたが、備北サーキットでのように敵意を剥き出しにしていない

Dちゃんとの会話を、意外にもハールは楽しんでいた。体を乗っ取られているのは事実だが、寝不足で

ヘトヘトになってしまったハールの代わりに車と体を自宅付近まで送り届けてくれていると取れなくもない。

アレイレルが聞けば呆れられるか激怒されるか……それでもハールは事態を前向きに捉えることにした。


(それで、埠頭まで行って何がしたいの?)

『ふふ、アレイレルと麗筆にちょっとした仕返しがしたいんですよ。アレイレルは私の可愛い表紙を焦がしたし、

麗筆ったら私をほったらかしにするし、すぐに迎えにこないし、泥だらけの私に向かってあんな態度を……!

絶対に許せない! 本当なら鼓膜をぶち破って脳髄こねくり回してやりたいけど、そうもいかないでしょう?』

(う、うん、やめたげてほしいなぁ、それ!)

『だから、こてんぱんにするだけにしてさしあげます』

(こてんぱん……)

『そう。こてんぱんです。貴方がやるんですよ、ハール』

(ええっ、僕!?)

『そうです。アレイレルと戦って、参ったと言わせてください。そうすれば彼のことは許してあげます』


ハールはそれを聞いてちょっと困った。ハールはテコンドー使いであり、今もトレーニングを欠かさず続けている達人だ。

その長い経験からどんなに不安定な足場であっても自分の力を十全に発揮して戦うことができる。

それに、テコンドーにおいてはアレイレルの師匠でもある。しかし、アレイレルはそれに加えてエスクリマの達人でもあるのだ。

手技、足技に加えて、異世界の鹿男たちに対して非常に有効だった関節技の極意も身に着けている。

もちろん、紐や短い棒などの軽い武器を用いての戦いにも慣れている実戦的な使い手だ。

それに比べればハールのテコンドーは魅せる技ではあるがその分、隙も大きくなる。仲間内での

強さの位置づけではハールも上位に入るがアレイレルよりは下である。


(勝てるかなぁ。頑張ってはみるけど、試合じゃないなら尚のこと勝つのは難しいだろうと思うよ?)

『勝つんですよ。勝てなかったら、私、本気で暴れますからね』

(うっ……。麗筆の方が強いんじゃないの……)

『なんですってぇ!!』

(わっ、ごめんごめん!)

『麗筆は本調子じゃありませんもの。それに、こっちの世界は私と相性がいいみたい、麗筆だろうとぶっとばしてやる……!』

(あわわわわ……)


Dちゃんは復讐に燃えていた。

休憩なしに青梅コンテナ埠頭までやってきた一人と一冊は、端っこの方に車を停めて二人を待つことにした。

Dちゃんの魔術によって辺り一帯からは人という人は何かに導かれるようにこの場所を去り、また、寄って来ることはなかった。

ハールは軽く食事をすることを許された他、休憩を取って戦いに備えるようDちゃんに言われた。

ハールはもう一度自分の意志で動けるかどうか試してみたが、やはり体のコントロールは奪い返せないままだった。

『好きに戦ってくれていいですよ、ハール。疲れもなく、思うように戦えるはずです。

手加減したらダ〜メ、わかりました? 余計なことができないように、言葉も表情も奪わせてもらいましたよ。

一生懸命頑張ってくださいね!』

(……わかったよ。ハールを、倒す。負けを認めさせればいいんだよね?)

『ええ、その通り! 麗筆が邪魔できないように、私は私で戦います。ほら、もうすぐ来ますよ……きひひひっ、

どんな顔をするか、見ものですね!』

(うわぁ…………)


そんなやり取りをしていると、ソアラのエンジン音が響いてきた。アレイレルたちの到着である。

時刻は十九時半に差し掛かろうという頃だった。アレイレルは最初、一刻も早くハールを追いかけるために

飲まず食わずのまま車を走らせるつもりだったのだが、麗筆の言葉を聞いてから考えを変えた。

食事と休憩をきちんと取ってこの場にやってきたのだ。

車を停め、アレイレルはふっと息を吐いて気合を入れた。麗筆がシートベルトを外しながら言う。

「繰り返しになりますが、ハールの洗脳を解くには一度気絶させるほかありません。僕はDを、貴方はハールを。

向こうは彼を人質に取ったつもりです、なにをするか本当に分かりませんので用心してください、アレイレル」

「わかってる。俺たちは魔法のことは専門外だ、とりあえずハールを押さえるから、そっちもちゃんとやってくれよ?

ハールを取り戻しても魔法で丸焦げじゃ意味がないんだからな」

「そこはもう、貴方がたの生命優先で動きますとも」

「………………」

「信じてくださいよ!」

アレイレルの目は冷たかった。


そんな漫才を繰り広げている二人に、Dちゃんの怒った声が突き刺さる。

『さっさと出てきなさいよ、アレイレル、麗筆! その車ごとペチャンコにされたいの!?』

コンテナを積み込む大型のクレーンがうなりを上げる。二人は慌てて飛び出した。

『ねぇ、アレイレル……ハールのこと、返してほしいぃ? 彼ってとっても可愛いから、私、ずっと一緒にいたいなぁ〜』

「ふざけるな! ハールはお前の玩具じゃないんだぞ!」

『ふん、だ、野蛮人! 私にひどいことしたからそのお返しよ!』

「いいかげんにしなさい、D。今ここで彼を解放するならこのお遊びも許してあげますよ」

麗筆はそう言いながら右手に魔力をこめた。アレイレルはいつでも走り出せる構えだ。すでに空は真っ暗だが、

数々のライトが辺りを照らし出している。左右を見渡し、アレイレルは仲間の姿を探した。

そこへ、積み上がったコンテナの上から、アレイレルたちのいる開けたスペースへと軽やかに飛び降りてくる人影があった。

ハールだ。だが、その表情は仮面のように固まっており、生気のない瞳がアレイレルを捉えていた。

『お友達と戦わされるのってどんな気持ちになるの? ハールに勝てたら、返してあげてもいいよ?

うふふふふ、あっはははははぁ!』

Dちゃんの狂気に満ちた嬌声がバトル開始の合図だった!


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