Trip quest to the fairytale world第13話(最終話)


雨の降り注ぐ大分県・オートポリスレイクサイドコース。

闇色の空間を通って、ようやく2人は元の世界に戻って来られた。

「……こ、ここは……!?」

気が付くと、ホームストレートから1コーナーに向かって加速するUZZ40ソアラのドライバーズシートに

シートベルトもヘルメットもレーシンググローブも身につけた状態で座っていたアレイレル。

あの麗筆とか言ういけ好かない男が言っていた通り、少し先ではあの時スピンしていた180SXが

今まさに1コーナーへと進入して行くのが見える。

(そ、そうか……!)

状況を判断したアレイレルは、後ろからぴったりくっついて来ているハールのUCF30セルシオに

対してブレーキランプを連続で点滅させる。


それを見ていたハールも、今の今まで状況が飲み込めていなかったがアレイレルのそのポンピングブレーキで

事態を把握してスローダウン。

これから起こる出来事を、この2台の車のドライバーは知っているのでまたあんな事にならない様にするのだ。

その先では1コーナーに向かって突っ込んだ180SXが、あの時と同じ様に立ち上がる所で

アクセルを踏みすぎた為にスピンし掛ける。

それを冷静にアレイレルはスローダウンして対処し、ハールも止まった……筈だったのだが。

「ぬぐぉ!?」

ハールの後ろから「ゴツッ」と言う鈍い音と感触。

思いっ切りガクンと前方に身体が揺さぶられ、アレイレルのソアラにハールのセルシオが突っ込む事態に。

「ぐえ!?」


一体何が起こったのか?

それはハールのセルシオとアレイレルのソアラと言う大きな車、更に降り続いている雨に視界をさえぎられて

前方の様子がまるで見えていなかったFC3Sがクラッチ蹴りで突っ込んで来て、そのまま止まりきれずに

ハールのセルシオの後ろに追突。

更にソアラにも追突し、180SXにもとどめにアレイレルのソアラが突っ込んでしまうと言う……。

(あれ? これって……)

(ま、まさかあの世界に行く前の方が被害が少なくて良かったんじゃないのか?)

そう、これがドリフトの難しい所……と言うよりもサーキットを走る上での重要な話。

周りの安全確認をしっかりしなければ、多重クラッシュを招いてしまうと言う良い例になった。


勿論この場合は最後尾から突っ込んで来たFC3Sが全て悪いのだが、あの不思議なメルヘンチックと

言う様な世界にトリップする前のスピンでの回避方法であれば、後ろのFC3Sもそれに

気が付いてブレーキングしていたのだった。

だけど不意に前の2台がスローダウンした事と、雨で視界が悪かった事で距離感が掴めずに

後ろからそのFC3Sが突っ込んでしまう結果になった。

最終的にはどの道クラッシュしてしまう事になり、これこそまさに「運命からは逃れられない」

「一難去ってまた一難」「泣きっ面に蜂」のトリプルコンボである。

2重3重の攻撃を食らって、ハールとアレイレルはそのままピットに戻って車も心も凹んだまま

そのヒートでの走行を終了する事になった。


FC3Sと180SXのドライバーとは謝罪以外では特に何も無かった。

サーキットを走る以上こう言うアクシデントはつき物なので、サーキット側に過失が無い場合は

当事者達の間で解決して欲しいとのお触れが大体何処でも出ているのだ。

特にこうした不安定なドリフト走行ではクラッシュの確率が非常に高い。スピンしたりぶつけたりする事は

当たり前なのだが、やっぱりそれでも自分の車をぶつけてしまうと車も心も凹んでしまうのは事実だった。

そのセルシオとソアラで残りの何ヒートかも走り終え、ハールとアレイレルはオートポリスを後にする。

その後はホテルのツイン部屋を取って1泊し、翌朝に自走で東京まで帰る事にしている。


……のだが、クラッシュ以上に気になっている事はあのメルヘンチックな世界での話だった。

「……なぁ、あの世界って夢だったと思うか?」

アレイレルがそうハールに問い掛けると、ハールは真顔で肩をすくめた。

「僕にも分からない。結局はああやってクラッシュしちゃった訳だし……また板金出さなきゃ。

でも……僕にはあれが夢だったとは到底信じられないんだよなぁ」

ハールの意見にアレイレルも同意した。

「俺もだ。夢にしちゃリアル過ぎるし……それに何だか同じシチュエーションで同じアクシデントを

2回経験した気がする。それぞれ結果は違ったんだけど、お前の言う通りクラッシュしたのは変わらなかったしな」

「うーん、それもそうだよなぁ」


あの記憶は一体何だったのだろうか?

鹿と戦ったり、いけ好かない若い奴にキックを食らわせたり、小人みたいな連中に囲まれて

料理をご馳走になった気もした。でもやっぱり夢だったんじゃないか……と思いつつも、そろそろ

ホテルのレストランでバイキングの夕飯だと言う事もあり2人は立ち上がる。

が、その時ハールのズボンのポケットに妙な感触が。

「……ん?」

ガサゴソとポケットを探ってみると、そこから出て来たのは見慣れない民芸品の様な輝く石で作られている腕輪だった。

「あ、アレイレル……これは!?」

「……」

もしかして……とアレイレルも自分のジャケットの内ポケットを探ってみると、そこからはハールと同じ腕輪が出て来た。

それを見て全てを察した2人はお互いに顔を見合わせて頷き合い、夕食を摂る為にレストランへと向かうのだった。


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