Nasty !!



トレーニングルームの一角で、ウェズリーはサンドバッグに拳を叩き込んで息を整えた。

体調は申し分ない。射撃の腕も格闘の腕も鈍っている様子もない。だが、疲れは多少。

「………」

手近にあったタオルを掴むと、ウェズリーはざっと顔の汗を拭った。

VSSE内でペアを組んでミッションにあたっているエージェントは年に数回泊り込みでのトレーニングに召集される。

国籍も様々なパートナー達が共に訓練をこなして腕を磨くための、VSSE側が提案した措置だった。

だが、それも今日で5日め。ペアで銃の実践訓練を行うほか、空き時間にも自主的に練習を積んできたウェズリーはそろそろ疲労が現れ始めていた。

「…でよー、うちのパートナーのオッサンがさぁ」

「はっはは!マジ?」

賑やかに声のする方を見てみれば、アランはトレーニングルームの隅で、いつぞやから訓練施設で時々顔を合わせるようになった

金髪のツンツン頭の若手と可笑しそうに話しては笑い転げている。

ポジティブ思考なアランは「練習なんてかったりー」とぼやいていたものの、課せられたトレーニングは着実にこなして尚且つ笑顔を見せる余裕がある。

ほどなくして戻ってくると、アランは手にしていたミネラルウォーターのボトル2本のうちひとつをウェズリーに渡した。

「ほい、お前の分」

「…ああ、サンキュ」

水を飲みながらアランはちらちらとランニングマシンの方に目を走らせながら囁いた。

「なあなあお前見た?あの子」

「………」

言うと思った、とウェズリーは胸のうちで苦笑した。

「まさに、むさッ苦しいこの部屋での一輪の薔薇〜♪」

アランが目で追っていたのは、ぴったりとしたスポーツブラにショートパンツ姿でランニングを続けている女の姿だった。

彼女がマシンの上で軽やかに走るたび、ブラウンのショートヘアが無造作に揺れ、白いうなじが露になる。

むき出しになった肩や腕、それに脚はほどよくしぼられていてしっとりと汗ばんでいる。

コホン、とウェズリーはわざとらしく咳払いをした。

「一休みしたんだ。ほら、練習練習」

「あ……じゃあオレ、ランニングでも――わわっ!」

「持久力より瞬発力ってトレーナーに言われたろ」

ウェズリーが首根っこを掴んでアランを連れ戻し、2人はトレーニングルームで最も広いマット敷きの一角へと向かった。

床に敷かれているマットは見た目の薄手だが衝撃の吸収力が高く、この場所は主に格闘術の訓練に使われていた。

「しっかしよぅ、」

裸足になり、拳打を素振りをしながらアランは言った。

「熱心だねーお前も。疲れ知らずっつーか、なんつーか」

お前ほどじゃないさ、と言いかけた言葉をウェズリーは取りあえず呑み込んでおいた。ストレッチをして体を解す。

「…筋肉と持久力は日々のトレーニングで維持できる。だが瞬発力は維持が難しい。さっさと感覚を戻さないと泣きを見るぞ」

「へえへえ。わかってますよーだ」

「お前に付き合って時間外まで訓練にあたってるんだ。万全な体に戻してくれ」

「小言ばっか言うなよな。おめーも反射力が前より鈍ったらしいじゃん」

カチンときたらしいアランはむっとウェズリーに言い返した。だがウェズリーはいつもの如く涼しい顔だ。

「人の心配より自分の心配をしろ。パートナーを組む俺の身にもなれ」

「………」

呆気に取られたような顔をしたアランは次の瞬間、明らかに怒りを含んだ顔つきになった。

「言うけどなあ、オレだって好き好んでテメエとコンビ組んでるんじゃねえんだぜ!」

「こっちの台詞だ。上が決定したから仕方なくお前と組んで――」

その瞬間、拳の早打が眼前に迫り、ウェズリーは間一髪のところで受け流した。

内心ヒヤリとしたのを表には出さずウェズリーはアランに向き直る。アランは適度な間合いをとって構えた。

「随分と言うじゃねえか、ウェズリーよ」

「何の真似だ?アラン」

「この際だ。オレとお前のどっちが上かはっきりさせようじゃねえか」

ウェズリーは不敵に笑うと眉を吊り上げた。

「判り切ったことを」

「そいつはどうかな。オレが怖くなったのかい?ウェズリー博士」

「…戯言はそれくらいにするんだな」

緊迫した空気を察知したのか――そして知らず知らずのうちに自分達が声をあらげてしまっていたせいか――

室内でそれぞれトレーニングをしていた他のエージェント達も動きを止めてこちらの様子を好奇の目で窺っている。


「行くぜ!」

「ハッ!」

対峙した2人が同時に足元のマットを蹴って互いの前面へ飛び込んだのが合図になった。

最初のアランの拳をかわしてウェズリーは渾身の一打を打ち込む。だが、その刹那にアランが口端を上げたのを見て、わざと隙に誘い込んだのだと判ったが、遅かった。

華麗とも言えるほど素早く体を反転させたアランの裏拳が右側頭部にもろにヒットし、ウェズリーの体が飛んだ。

しかし床に手をつき側転して着地をすると、そのまま止まらずにアランの懐に飛び込み拳の乱打を放った。

「ぐ…!」

早すぎる。最初の数発を腕でなんとか弾いたが、後の集中打が連続して胸板へとめり込んでくる。

だが、渾身と思われる一打を見切って避けるとアランは床を転がりウェズリーの背後へ回る。予期していたかのように繰り出されたウェズリーの回し蹴りを顔のすぐ側で拳で止める。

「…やるじゃん」

「…舐めるな」

突然始まった室内のファイトに、トレーニングルームにいた者達が少しずつ集まって2人の打ち合いを見守っている。

やがて人だかりとなり、周囲では野次と歓声が飛んだ。

ウェズリーが床上すれすれで水面蹴りを放ち、アランの体勢を崩した。だが倒れるアランも巧みにウェズリーを巻き込んだ。

2つの体が重なって転がると、すぐ近くで観戦していた者達が慌てて場所を空ける。

「いけぇアラン!やれやれぃ!」

さっきのツンツン頭がゲキを飛ばすと、彫りの深い顔立ちの髭面の男が隣に並んだ。

「……まったく、これは何の騒ぎだ?」

「互角だな」

独り言のように呟いたのは、この場に相応しいとは思えない黒の革ジャンにジーンズ姿の年嵩の男。

マットの上ではアランがウェズリーの上を取った。肘で相手の喉下を圧迫しながらアランは勝ち誇ったように笑っている。

「オレの勝ちだな。ウェズリー、降参しな」

だがウェズリーはにやりと皮肉っぽく笑って言い返した。

「お前のために手を抜いてやってるのがわからないのか?だとしたら、相当ヤキが回ってるな」

「…あんだとぉっ!?」


「お、茶髪君優勢でフィニッシュかねぇ?」

「さて…あの金髪、一矢反撃に出るか」

「ちょ、ちょっとちょっと!」

飄々としたブリティッシュ訛りの男と、物静かな黒髪の大男の間に割って入ったのはさっきのショートヘアの女だ。

「呑気なこと言ってないで!あの人達止めなくていいの!?」


女の声にアランが一瞬気を取られた。(全くもって情けない奴!とウェズリーは胸中で毒づいた。)

ウェズリーは片膝をアランの身体に突き立てて押し上げると、

「――え?――わわわわ!!」

そのまま背後の宙へとアランの体を放り投げた。周囲がどよめく。鮮やかな巴投げが決まり、マットへと投げ出されたアランは背中をしたたかに打ち悲鳴をあげた。

だが、2人がさっと立ち上がり再び対峙したのはほぼ同時だった。

「降参する気になったか、アラン」

「ほざけ!今日と言う今日は許さねえ!!」

「笑わせるな!」

拳を構え、2人が再びぶつかった。

「フン!お前なんてオブラートなきゃ粉薬飲めない癖に!」

アランの蹴りがウェズリーの顔面にヒットする。

「お前こそ未だに歯医者が怖くて歯科検診逃げ出したじゃないか!」

ウェズリーの手刀がアランの肩口へと炸裂する。

「けっ。お前唐辛子よけないとペペロンチーノ喰えねえだろ!」

アランの拳がウェズリーの鳩尾へと入る。

「そっちこそピクルス食べられなくて人に押し付けてくるだろう!」

ウェズリーの当て身に、アランが数歩たたらを踏む。

「うっかりペットフードつまみ食いして腹壊した誰かさんよりマシだろーが!」

「ハーシーのキスチョコ食べ過ぎて鼻血出した奴に言われたくない!」

「る、るせー!テメーなんて動物チャンネル毎週録画して見てんじゃねーかよ!」

「お…お前こそ!いい年してアヴリル・ラヴィーンにファンレター送ってるんじゃないっ!」

「じゃかあしい!フランダースの犬読んでピーピー泣いた甘ちゃん野郎が!」

「ならお前はウエストサイドストーリーの踊りを真似して腰を痛めた粗忽者だろう!」

「な、なにぃ!?」

「何だよ!!」

「根暗!」

「色魔!」

「バーカ!」

「阿呆が!」

「……」

「……」

ぜえ…はあ…と息を切らして睨み合った2人は、周囲がひどく静まり返っているのに気がついた。

何気なさを装って周りを見やれば、ぽかんとして見ていた野次馬達は露骨に目を逸らしたり、咳払いをしながらそそくさと散り始めた。

「……なあ、」

掠れた声でアランは呟いた。

「腹…減らね?」

情けない言葉に、返ってきたウェズリーの返事も同様だった。

「――……減った…」



中庭のベンチに並んで腰を降ろし、2人は買ってきたハンバーガーの包みを覚束ない手で開けた。

フレンチフライを咥えるとひどく口内の傷に沁みて、アランは渋い顔をした。隣でウェズリーも腹のあたりをさすりながらアイスティーのストローを噛んでいる。

「悪かったな」

唐突な謝罪にウェズリーは振り返らずに視線だけをアランに向けた。

「あれだ、売り言葉に買い言葉って奴。思ってもねえこと言いすぎたよ」

「……」

「ほれ、オレ謝ったんだからお前も謝れよ」

「……」

ウェズリーは思わず舌打ちを漏らした。

…謝るのは苦手だ。特に、その相手がアランときたら尚更だ。だが悲しいことに、アランの言い分が正しい。

アランはにやにやと笑いながらウェズリーの言葉を待っている。仕方なくウェズリーは仏頂面のままぽつりと言った。

「……すまなかった」

「え?何?聞こえねーよ、もっぺんプリーズ」

「一度しか言わない」

ふん、とそっぽを向くウェズリーをアランはケラケラと笑った。

「しゃーねーな。じゃ、仲直りのしるしにこれやるよ」

と、アランはハンバーガーに挟まっていたピクルスを摘んでウェズリーに差し出した。


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999ヒットを踏まれた100チェイサーさんからのリクエスト『アラン&ウェズリーの喧嘩』です。格闘シーンて難しい…(つД`)

悩んだんですよねー、この2人って長年連れ添った夫婦よろしく(ヲイ!)今更喧嘩とかしなさそうだしーとか思いつつ(笑)

アラン&ウェズリーは『アンバランス』だから『バランスが取れる』関係なのかなって思うのです。

性格も考え方も全然違うのに、妙に気の合う人ってひとりくらいいません?

(2007/11/9)





ありがとうございます。最後の2人の仲直りがとても印象に残りました。気の合う人・・ですか・・。心当たりがあるような、無いような。(どっちだ)

あえて2人以外の名前を出さないって言うのも、斬新で楽しめましたです。


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