Boys are...





馴染みのダイナーの駐車場に停車させると、ロバートは車から降り立った。

すっかりと日が暮れ闇に包まれた中に、古めかしいダイナーの窓から漏れる灯りが煌々と照っている。

60年代を思わせるネオン管が投げかけるチープな光がアスファルトの地面でぼんやりと踊る様子がロバートは好きだった。

いつもなら暫し佇んでその光景を楽しんでから店内へ向かうところだが、今日は違った。アーリーアメリカンの酒場を模した戸を乱暴に開けると蝶番が耳障りな音を立てて軋む。

しかしジュークボックスの賑やかな音楽と店内のざわめきにかき消され、新たな来訪者に気付く者は無い。

奥の窓際の隅、いつもの席に俯きがちな彼がいる。

「キース」

側まで行ってロバートが呼びかけるとキースは顔を上げ、落ちかかる金髪をかき上げもせずにこちらを見た。

「ロブ?」

驚きながらも不機嫌そうな物言いにロバートは微かに眉根を寄せて向かいの席に腰を降ろした。

卓の上には既にこの店の名物ピザが置かれていたが、数きれ無くなっているだけで大半が残っている。

それも既に皿の上で冷め切っていて、チーズも固まりサラミも色が濃くなって縁が黒くなっていた。出来立ての時のような魅力は感じられない。

そして空になったバドワイザーの瓶が2本置かれ、飲みかけの瓶がもう1本キースの手に握られていた。

「…何かあったのか?キース」

「別に何も」

ロバートの問いにキースは不自然なほど早く返答した。まるで、それを聞かれたらこう答えようとあらかじめ練習していたかのように。

「キース」

「…何でも無いって言ってんだろ。せっかく来たならお前も飲めよ」

「…………」



ロバートに連絡を寄越したのはクリスティーだった。

何を言っても笑って誤魔化し、ただ酒を煽るキースを見るに見かねた彼女はここを飛び出し、ロバートに電話で伝えた。

キースの様子が可笑しい、まるで自分の知らない誰かになってしまったみたいだ、と。

自分では力不足だから何とかしてやってほしいと、クリスティーは電話口で声を詰まらせたのだ。



「クリスティーが心配しているぞ」

「…?」

「あまり、彼女を怯えさせるようなことをするな」

「女から危険な男呼ばわりされるのはいつものことだけどなぁ」

「キース。真面目に言ってるんだ」

いつも通りの相手の軽口を遮りロバートは言った。だが、一拍おいたキースは自嘲的な笑いを浮かべた。

「…真面目だもんなあ、お前は。いつもいつも正しくて羨ましいぜ」

「…キース?」

ゾッとするほど冷えたようなキースの声色にロバートは眉をひそめた。こんなものの言い方は余りにも彼らしくない。

キースは辛口なアイロニストではあれ、卑屈さを表に出すような男ではなかった。

「ロブ。俺は聖人じゃない。間違った道にも走るし、外れた軌道から戻れないこともあるし、たまには馬鹿だってやりたいさ」

「やめろ、キース」

騒々しい店内とはいえ、知らず知らずのうちにこちらも声を荒げ、周囲のテーブルから好奇の眼差しを向けられる。

「手当たり次第の女と寝ることも――そう、相棒を裏切って撃つことも、俺には簡単なことさ」

「………」

再び煽ろうとしたキースの酒瓶を、ロバートは乱暴に奪い取って卓へと置いた。力任せに音を立て、隣のテーブルの女性客が微かに悲鳴を上げてこちらを見た。

無言のまま席を立ったロバートとキースは暫し睨み合ったまま黙っていた。

が、先に沈黙を破ったのはロバートだった。

「表へ出ろ、キース」

「…望むところさ」






黒い水平線の彼方に、行き交う船の灯りだけが蛍のように揺らぐ。

鮮やかに輝いていた上限の月が気まぐれな雲へと隠れると、埠頭は唐突に暗くなった。

それが合図だったかのように、2人は銃を手に互いの手近のコンテナの陰へと身を潜めた。

「!」

先手とばかりに撃ち込まれる相手の銃弾がコンテナの角を削り、ロバートは舌打ちを漏らした。

だがロバートはコンテナとコンテナの間、縦横に幾つも連なる細い道を駆け抜け、巧みにキースを誘い込んだ。

不意を突かれた威嚇発砲に前髪が微かに散り、キースは身を隠して相手の出方を窺った。

しかし、暫く撃ち合った後。

「…?」

唐突にロバートの気配が消えた。くそ、とキースは胸のうちで悪態をつく。

長期戦に持ち込まれるのは苦手だった。ロバートはこちらが焦れて飛び出したところを仕留めにかかる算段だろう。

厄介なことに相棒が自分よりも洞察力に優れていることをキースは知っている。長引かせればそれだけ自分が不利になる。

意を決して細道を走り――相手が自分の動きについてくるのが判り、2人は同時にコンテナの陰から飛び出して銃を構えた。

「……」

「……」

ロバートの目の前に、キースの銃口がある。

そしてキースの目の前にもロバートの銃口があった。


――永遠とも思われる一瞬の、後。


乾いた発砲音と共に2人の傍らのコンテナに銃弾が撃ち込まれ、キースとロバートは同時に振り返った。

ゆっくりとしたヒールの足音が響き、闇から姿を現したのは油断無く銃を構えたままのクリスティーだった。

驚きを隠し切れないキースとロバートとは対照的に、クリスティーは怒りも露に男2人を交互に睨み付けた。

「…一体何をしてるのよ。あなた達、誰に銃口向けてるかわかってるの?」

「来るな、クリッシー」

「危険だ。それ以上近付かないでくれ」

だが2人の言葉は無視し歩みを止めないままクリスティーは続けた。

「…わたしはこんなことをしてほしいなんて言ってない」

「……」

油断無くこちらに向き直ったものの、ロバートが微かに目を細めたことにキースは気付いてしまった。

「邪魔をしないでおくれよ、クリスティー女史。これは男同士の些細なことさ」

「ふざけないで!」

キースの言葉にクリスティーは憤慨し、2人の側まで来てようやく足を止めた。

「こんな時に格好付けてる場合じゃないわよ。何が些細なもんですか。これで取り返しの付かないことになったら、『ただの喧嘩』じゃ済まないじゃない」

叫びにも近いクリスティーの言葉にフッと小さく口の端を上げ、皮肉そうにキースはロバートを睨んだまま笑った。

「男っていうのはさ、格好付けていたいんだ。幾つになっても」

トリガーにかけられた2人の指に微かに力が込められたのを見て、クリスティーは青ざめた。

「ねえ、ロバート!やめてよ、お願いだから」

「………」

キースが説得出来ないと悟ったのか、クリスティーはロバートに向き直って懇願した。

無表情のままだが、ロバートが内心当惑していることくらいキースには手に取るように解っていた。

ロバートはクリスティーに優しい。それは自分も同じだが、厄介なことにロバートにとってクリスティーは弱点のひとつになりつつある存在だ。

だが、やがて重々しくロバートは言った。

「下がっていろ、クリスティー」

その声には諦めに近い響きがあったが、クリスティーは気付かなかったようだ。やがて男2人が銃を構え直したのを見てクリスティーは息を呑んだ。

だが、次に起こったことはその場にいた者の想像を遙かに超える事態だった。

「う…」

嗚咽を漏らしたのはじっとりと汗ばんだキースだった。

月が雲から姿を現し周囲が少し明るくなる。ロバートとクリスティーはそこで初めてキースの顔色が酷く悪いことに気がついた。

キースの中で世界が回った。躊躇いがちに銃口を下げつつあるロバートの顔も、焦りながらも訝しげなクリスティーの顔も。

埠頭の夜景も何もかもが歪んで回り、自分の頭を蝕んだ。腕の筋肉が弛緩し銃の重みに耐えられなくなってくる。

手指の感覚が無くなり銃を取り落とすと、キースはアスファルトにガクリと膝を付き喉元を押さえ込んで地面に倒れた。

「キース!」

「キ、キースっっ!!」













「うう……」

泥の中を泳ぐかのような気だるさが戻ってくる。再び意識を手放しそうになったものの、頭痛がそれを赦してはくれなかった。

こじ開けるようにキースが目を開けると、少し先には見慣れた自室の天井があった。

「気がついたのか」

どうにか顔を傾けて声のした方を見るとロバートが水を淹れたグラスを持ってベッドへとやってきたところだった。

顔を動かすと自分の額から何かが落ちた。それが濡れたタオルだったと見るや、ロバートが自分の看病をしてくれていたことは説明されなくとも判った。

キースがどうにか上半身を起こすと、波のように頭痛が襲ってきた。ロバートが差し出した水を飲み干し、ようやく苦しげに息を付く。

「…クリッシーは?」

掠れた声でキースが尋ねると、ロバートは事も無げに笑った。

「ああ、彼女なら先に帰ったぞ。『もう飲み過ぎないように』…いや、違ったな。『もう飲まないように』ってお前に言い残してな」

「……………」

「まったく、『男は格好付けたい』が聞いて呆れる」

キースは打ちのめされた。女であり自分達よりも歳の若いクリスティーが最も酒に強いという事実を頭から締め出そうとしてきたことは、結局無駄に終わった。

空いたグラスをキースから受け取りもう1杯水を注いでくると、ロバートは尋ねた。

「薬は持ってるのか?必要なら買ってくるが」

「…放っておいてくれ」

ぷいとそっぽを向くキースを見下ろし、ロバートは意地悪くにやにやと笑った。

「ほーう?軟派ぶってる癖にめっぽう酒に弱い誰かさんをここまで担いで来たのはこのおれだぞ」

「………っ」

「下戸の人間が酒に走る理由は主に3つだ」

「……」

「ひとつ、興味本位。ふたつ、嬉しいから」

「……」

「そして3つめは酷く辛くてやるせないから。お前の場合は、」

「分析するのはやめてくれ――ううう」

せり上がってくる嘔吐感に口元を押さえ、キースはベッドを出るとふらついた足取りのままバスルームへと駆け込んだ。

胃の中のものを苦しげに便器へと戻していると、やがてロバートの手が自分の背中を擦っているのに気がついた。

…情け無さの余り、とうとうキースは涙が込み上げてしまうのを感じた。口をゆすいで大人しくベッドへと戻ると、毛布を頭から被ってロバートに背を向ける。

数瞬の後。ギシ、とベッドが軋んですぐ側にロバートが腰を降ろした気配がした。

「まあ、今のところはゆっくり休んで回復するんだな。話はそれからだ」

「………」

「男なんて、少し馬鹿なくらいがちょうどいいさ」

「…鬼」

非難がましいキースの呟きに屈託無く笑った後、ロバートは付け加えた。

特に金髪のイギリス人はな、と。





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80スープラさんより4400打のキリリク小説でした。お待たせして申し訳無い;;

喧嘩シリーズその3(違)、今回はシリーズ中唯一のVSSE側のヒロイン、クリスティーを仲裁役に。

うちのキースは女に対しては気障でカッコイイのですが、相棒に対しては少し駄々っ子になってしまいました(^^;)

ロバートには心を許している分、ちょっとヘタレな部分を見せてしまうキース君なのでした。


2コンビのケンカというリクエストをしたところ、こんなすばらしい小説が…!

キース負けましたね、いろんな意味でw酒とか相棒とか・・女とか。

どうもありがとうです。




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