Erudin Battle Quest第2部第10話(最終話)
建物の入り口まで来た時、外のガレージ跡に人だかりが出来ているのが見え、リスタンは咄嗟に壁に隠れて様子を伺った。
「・・・まずいな、もう集まってきてるよ。」
これでは自分は当分外に出る事が出来ない。
リスタンは入り口から離れ、身を隠す事の出来る大きい資材が転がっている大きい部屋まで逃げ帰ってきた。
座って膝を抱え込んだリスタンは、男への食材の請求を既に諦め始めていた。
嫌な事や悲しい事が起こった時、考える事は必ず自分の兄の事だった。
頭を撫でて慰めてもらったとかでは無く、喧嘩をして自分が勝った時の悔しそうな兄の顔だ。
痛みと軽い憎しみのようなものが混ざったようなあの顔を思い出せば、リスタンの顔から自然と笑みがこぼれる。
その時、ふと何かの気配を感じてリスタンの表情が一瞬で鋭くなった。
男の姿は見当たらないが、自分と同じ様に気配を殺していることも考えられるので博人は用心に用心をして
何とかあの魔法陣のある場所まで戻って来た。
(やっぱこれだよなぁ・・・・)
魔法陣は確かに、あの初めてここに来た時とは違って光り輝いている。
もしかして・・・と思いながらその魔法陣の上に博人は乗ってみるが、特に何も反応が無い。
だったらどうすりゃいいんだ! とさっきの男が撃ち出して来た火の玉の破片がまだそこで燃え盛っていたので、
それを苦し紛れに魔法陣の上に蹴り転がしてみると・・・・・!!
「・・・え?」
原理は良く分からないが、ファンタジーな世界だから、と考えればやっぱり何だか納得できてしまう。
あの男が撃ち出して来た破片を魔法陣の上にどんどん蹴って載せていけば、魔法陣の輝きがどんどん大きくなって行く。
「ま、まさかこれは・・・!!」
博人の中に大きな期待が生まれて行くが、その瞬間彼の耳がこちらに向かって走ってくる足音をキャッチして一気に焦りが大きくなる。
あいつだ。これは早くしないとまずい!!
立ち上がったリスタンは一目散に階段を駆け上っていく。
リスタンが2階の部屋に辿り着いた時、既に魔法陣は強い光を放っていて、その中心にリスタンの探していた男はいた。
何かをされる前にこちらから攻撃を仕掛けようとリスタンは両手を男へ上げ、ターコイズの魔力も借りた渾身の業火を放った。
炎の波は一瞬で魔法陣へ届くものの、魔法陣から張られた円蓋状の虹色の壁がそれを跳ね除けていた。
「くそ、既に発動してやがる・・・おっさん、やっぱりあんたすげぇ奴だな!」
リスタンは攻撃の手を緩めず、男へ笑顔を送る。
(何だこりゃあ!? バリアーかよ!)
あの男がどでかい魔法を放って来るも、それを全て魔法陣から出て来たバリアーが文字通りバリケードになる。
そしてその魔法と反応しているのだろうか、魔法陣の輝きが更に大きくなって博人を包み込んで行く。
「うっ、うおおおおおっ!?」
あまりの輝きに思わず左腕で顔を覆ってしまう博人だったが、その輝きが納まって腕のカバーが要らなくなった時には
見覚えのある自室のリビングに座っていた。
(俺・・・寝てたのか・・・?)
自室をキョロキョロと見回しながら、なーんだ夢か、そりゃそーだよなと納得しかける博人。
しかしその時、彼はあることに気がついた。
(・・・・服が、魚臭い・・・・・)
今日の夕食は自炊のたらこパスタだった。しかも魚なんてここ数日食ってない。と言うことは・・・・。
しかも魚臭いだけじゃなく、よくよくみれば何故か自分はマンションの自室の中で靴を履きっ放しだ。
それに何故かジャンパーも着ているし、ジャンパーの裾も焦げている。
「・・・・・はは、ははは・・・・マジか・・・・」
今までのことは全て夢じゃなかったと納得した博人は靴とジャンパーを脱ぎ、まずはこの魚臭い服と身体を
洗う為に洗濯機のある脱衣所へ向かい、シャワーへと入る。
(それにしてもあいつ、やったら強かったなー。歴戦の冒険者かなんかかな?)
シャワーを浴びてそんな事を考えながら、博人はさっさと身体を洗って寝ようと溜め息を吐くのであった。
炎の波のうねりが無くなり、リスタンは腕を下ろして前方を見つめた。
床に描かれていた魔法陣も、その中心に立っていたあの男も、今度こそ本当にリスタンの前から姿を消してしまった。
「空間移動の魔法陣だったのか・・・?」
目を点にしながら、1人取り残されたリスタンはそこにあったであろう魔法陣へとゆっくり歩いていく。
何も無い床の上に立つと、リスタンは座り込んで胡坐をかき声を上げて笑い始めた。
夕暮れ、ガレージ跡地から人が引けるのを屋根の骨組みから見下ろしていたリスタンはようやく建物から脱出した。
そのままパスルタチアの広場を駆け抜け町門をくぐり、長い間放置されていたパクの手綱を木の幹からほどいて
鞍の上へ尻を着いた。パクはリスタンの足が自分の腹を蹴ると、勢い良くミルディヴへ向かって走り出した。
「母さん怒ってるだろうなぁ・・・どうしよ。」
帰途に着く間、冷や汗を垂らしながらリスタンは言い訳を考えていた。
家の前では怒り心頭の母親がリスタンを待ち構えていた。
「こんな遅くまで何してたの!? 心配したでしょう!」
「・・・ごめんよ母さん・・・あと、もうひとつ謝らなきゃいけなくて・・・。」
パクから降りたリスタンはこめかみを掻きながら目を泳がせている。
その様子を見ながら、手ぶらのリスタンに気付いた母親は驚いた様子で口を開く。
「・・・もしかして、買い物・・・してこなかったの?」
「えっと・・・してきたけど・・・してきたんだけどね、ははは・・・。」
目を閉じたまま苦笑しながら、雷が落ちるどころでは済まないだろうとリスタンは覚悟したものの、母親からは一向に
怒号が聞こえてくる気配がない。
「・・・母さん?」
目を開けてみると、正面に立っている母親はリスタンの事をじっと見つめていた。
口をきゅっと結んで、目からは今にも涙が出てきそうだった。
「ええぇえ、か、母さん泣かないで・・・しょうもない息子でごめんよ!」
「・・・違うのよ、ちゃんと無事に帰ってきて、良かった。」
慌てたリスタンに目を擦りながら母親は笑って答えた。
その言葉に胸が一気に熱くなったが、それを気付かれないようにリスタンも微笑む。
「じゃあ今日は残り物で作るから、少ないけど我慢するのよ。」
「はぁい。」
パクに野菜の皮や芯を与えた後、リスタンと母親は玄関の扉をゆっくりと開けて家の中へ入っていった。
Erudin Battle Quest第2部(最終部) 完