第1部第1話
自分は、何のために生きているのだろう。
高校を卒業したは良いが、中学、高校と荒れており、卒業後に家を飛び出した。
荒れるきっかけは単純だった。
通った中学も、その後の高校も相当荒れていた。
不良の巣窟という言葉がピッタリ。その2つの学校は「昔は」有名校だったらしいので、京介の親がそこを選んだのだ。
月日は流れ、高校3年。
中1の終わりからタバコ、酒に手を出し始め、ケンカなんて日常茶飯事。
教師にはもちろん刃向かったし、他の荒れている学校にも殴り込みに行くこともよくあった。
とにかく徹底的に荒れた。
そうしないと、この学校では生きていけなかったのだ。真面目な奴は痛い目を見るだけ。
だったら自分も荒れるしかないわけである。
そんな生活が続いて、卒業後に暴走族の仲間入りを果たした。
街中で乱闘騒ぎを起こしたのをきっかけに、横浜の凶悪きわまりない意味で有名な族のチーム「乱鬼龍(らんきりゅう)」に入って5年。
乱闘騒ぎの相手がそこのメンバーだったらしく、骨のある奴と言うことでスカウトされた。
しかし・・ある日家に帰ってドアを開けると、いきなり母親から渾身のビンタ。その後両親から「お前をそんな風に育てた覚えはない」などと抜かされたため、
京介はこう反論して家を飛び出した。
「俺をあの学校に入れたのはテメェらだろうが! 俺だってあんな学校だって知ってれば行かなかったぜ! ざけんじゃねえよ!!」
そのまま京介は2度と、東京の実家には戻っていない。
そして現在西暦2001年。
今日も抗争相手の族を潰しに、乱鬼龍8代目、23歳のリーダー、宝条 京介(ほうじょう きょうすけ)は走りに行く。
午前2時、東京。
この東京湾沿いにある埠頭にて、族同士の抗争が行われていた。
京介のパンチが顎に炸裂する。2発、3発。男は地べたを這って泣き声を上げた。
「おい、こいつ片づけておけ。…さてと」
京介は相手のリーダーを叩きつぶし、そいつが連れていた女へ目を向ける。
「おいそこの雌豚! 俺らにケンカ売ってどうなるかわかってんだろうな? 恨むならお前の彼氏を恨みな。
あいつは偉そうに、この俺様にバトルを挑んできたんだぜ? それで負けたんだ、後は好き勝手やらせてもらわなきゃなぁ」
「え…い、いやよ! 誰か助けて!!」
「誰も来ねえよ。来たって俺達に刃向かえる奴なんていねえし。弱肉強食って言葉を思い知るがいいさ」
京介の革手袋をはめた手が女に伸びる。
しかしこれからというときに、邪魔者が現れた。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「…チッ、これからって時に! …運がよかったな!」
京介達はそれぞれのバイクに乗って、サツが来る前に急いでこの埠頭を離れることにした。
ケツもちは下っ端に任せ、今日はもう解散することに。
せっかく女を目の前にしてお預けをくらい、すこぶる機嫌が悪い京介。愛車のカワサキZKのエンジン音は、その機嫌の悪さに
呼応するかのごとく咆哮を上げる。
(くそっ、後もう少しだったのに…あームカつくぜ!!)
信号待ちでタバコに火を付ける。もちろんノーヘルである。顔はばれない様にタオルで下半分を隠してはいるが・・。
それでも、この特攻服は否応なしに目立つ。
京介の現在の自宅は、横浜の埠頭にある。
この時間になれば人の気配も消えてしまう港の埠頭。その中に、昼間ですら人や車の近づくことのない
使われていない古びた倉庫があった。
この倉庫自体、昼間でも人が入ることはないし通りかかることもない。そこが京介の自宅になっている。
ここを訪ねるのは乱鬼龍のメンバーくらいのものだ。京介の1日はここから始まり、ここで終わる。
ZKを停車させ、入り口の鎖を外して中に入る。中は男の部屋・・いや、野獣の部屋というべきか。物が散らかり放題だ。
もちろんこの中に、まともに金を出して手に入れた物など無い。ZKも前リーダーからのお下がりだ。
幸運なことに盗難車ではないらしい。
タオルを乱暴に外し、中央に乱雑に敷かれたマットレスに寝っ転がる。
そのままメンバーが持ってきてくれた食料の中から、パンを1つ取りだして食べ始める。
イライラしていることもあってか早く食い終わった。
だが気分は収まらない。せっかくの獲物をみすみす取り逃がし、このままでは満足して眠れない。
(ちっ…今日はC1でもすっ飛ばしてくるかよ)
立ち上がって鎖で入り口に鍵をかけ、エンジンがかかったままのZKにもう一度またがり、タオルを覆面代わりにする。
だが、この選択が京介の人生を変えるきっかけになろうとは、本人は知るよしもなかった。
京介の唯一の楽しみ。それは新首都高速の完成により、モータースポーツ振興の一環として政府によって
完全なハイテクサーキットとして復活した「首都高サーキット」。
そこのコーナーが多いコースであるC1環状線をZKで流すこと。それだけが楽しみだった。
バイクでスピードを競うということはしないが、自由気ままに、しかもタダで走り回れるというと走りに行かないわけがない。
1週間に1度はそこに通っているほどであった。
今日もC1内回りにやってきた京介。
ノーヘルだがそんなことは関係なく、族スタイルそのままで走り回る。路面が荒れているために無理はできないが、
ストレートだけはアクセル全開で駆け抜ける。
それを何度か繰り返していると、イライラも吹っ飛んできた。
この時間帯は走り屋も多い。京介は走り屋狩りを行ったこともあるが、首都高の走り屋にはまだ手を付けてはいなかった。
しかし。今日は何かが違った。何か変な感じが…。不思議な気配を感じるのだ。
(何だ…この感じ?)
後ろを振り返ってみる。しかし・・目立ったマシンはいない。
(気のせいか…?)
そう思い、再び前に向き直る。…だが次の瞬間だった。
(…!?)
いきなりその不思議な気配が急接近してきた。それと同時に1台のマシンがZKの横を駆け抜けていく。
その車は、青のR34スカイラインGT−R。
いつの間にか、京介の全身から汗が噴き出ていた。
(何だ今のは!? 何が起こった!? 見ただけでどっと汗が出やがった。…こんなことは初めてだ! 何が何だかわかんねーけど、すげえのを見ちまった…)
倉庫に戻り、あの青いR34のことを思い返す。
(何だよありゃ…あんな奴が首都高にもいるのか。あいつを見た瞬間汗が噴き出た。あんなことは今まで無かったぜ。
…そして今、俺を猛烈にワクワクさせるこの気持ち、これはいったい何なんだ?)
この気持ちを言葉で表すとしたら、たった1つ。族の自分の今までの中では、あり得なかった言葉。
「あいつと…勝負をしてみたい」
これが、伝説の幕開けになるとは、京介自身は知るはずもなかった。
走るとなれば、まずは族長を降りなければ。という訳で、京介は事前に連絡を入れてから乱鬼龍メンバーの元に向かった。
「よう、全員揃ったな?」
「どうしたんですか、京介さん? 大事な話があるって」
正直言えば、自分の唯一の安らぎの場所であるこのチームを抜けるのはきつい。しかし京介は決めた。
このチームを抜け、車を手に入れてあの青いスカイラインの挑戦者になることを。
「俺、引退しようと思う」
メンバーの間にざわめきが走った。
「な、何言ってんだよ、あんた!?」
「そ、そうですよ。京介さんが引っ張ってくれなきゃ、乱鬼龍終わってしまいますよ!」
だが京介は首を横に振った。
「俺、目標ができた。どうしても戦いたい奴がいる。だから…勝手な頼みですまないが」
頭を下げる京介だが、メンバーの気持ちは収まらない。
「そんなに抜けたいって言うなら、何かしらのケジメを付けてもらわなきゃなぁ」
「ああ、煮るなり焼くなり好きにして構わない」
「よーし、そういうことなら…」
そう言ってメンバーの1人が取り出したものは、何とバリカンだった。
「本当はあんたをボコにしたいがな。この方がじわじわ来ると思うから」
そう言いつつ、バリカンを京介の頭に差し込みスイッチオン。電動音と共に京介の頭が丸くなって行く。
「……すまねぇな、みんな」
「ああ、全くだぜ! 俺だって総長のこんな頭、見たくねーよ!」
そして。京介の頭が丸くなると同時に、京介は乱鬼龍8代目族長の使命も終えた。
「じゃあ俺、行くわ」
「京介さん、ひとつ約束してくれよ」
「何だ?」
「必ずビッグになって帰ってくるってよ」
「……ああ、わかった!」
翌日。京介は首都高へやって来ていた。
(まずは車を手に入れなきゃあな)
…この男の頭には、買うという選択肢は無いらしい。ZKに跨がり、いい獲物を物色する。
そうしていると、1台の車が目に入った。
それは白と灰色のツートンの、日産・C33ローレル。
(あいつに仕掛けてみるか)
京介はゆっくりとその男に近づいていく。
「よう、いい車だな」
「ん、ああ。わかる?」
「ああ。確か日産のローレルだよな」
「そうだ。ところで、何か俺に用か?」
「…賭けを申し込みたい」
その言葉に当然、男は驚く。
「はぁ? いきなり何を言い出すんだ?しかもあんたはバイクだろう?」
「あれ? おかしいぜ。走り屋ってなぁ、バトルは必ず受けるんだろ?」
「だ、だが車賭けては…」
逃げようとする男に対し、京介は追い込みをかける。
「ははあ、わかったぞ。あんた、勝つ自信がないんだろう。バイクが相手で怖じ気づいたんだろう?」
その言葉に男の表情が変わった。
「…よーし、良いだろう。その代わり、負けたらバイクちゃんとよこせ」
「そっちこそ、負けたらローレルをしっかりよこせよ? 男に二言はねぇからな。……始めるぞ」
バトル成立だ。
「じゃあ、C1内回りの芝公園からスタートして、C1と新環状の上り坂を上りきったところでゴールだ」
「上等」
京介の初バトルは賭けバトル。果たして?