A Solitary Battle外伝
その日、エスヴァリーク帝国の帝都ユディソスにおいては1年に4回開かれている武術大会の第3回目が開かれていた。
全国各地から腕に自信がある者が集まり、騎士団員の参加は不可能。それもその筈、この大会で
準決勝まで残った上位4名までにはそれぞれ帝国騎士団への入団資格が与えられる事になっている。
当然そうなれば帝国騎士団の人間も観戦に来る訳で、その中には騎士団長のセバクター・ソディー・ジレイディールの
姿も見受けられた。彼が観戦しているのは騎士団長と言うポジションであることから来賓席である。
更に、優勝者とは騎士団長がエキシビジョンマッチを行う事も毎回の恒例行事だ。
当然騎士団長が負ける訳にはいかないので、セバクターはそこで毎回勝利を収めてきている。
が、今回の優勝者は今までに見た事の無い戦い方をする人物であった。何と、武器の1つも持たずに肘と
膝を効果的に使い、思い切りの良い破壊力のある攻撃で次々と相手を潰していく。セバクターも膝蹴りを
使ったりするがあくまで素手での格闘戦はおまけみたいなものであり、武器を使わなければ戦場では生き残れない。
それにプラスしてもう1つ、セバクターには驚くべき事があった。
(何であんなに軽装なんだ……?)
普通、幾ら軽装と言っても胸当てや膝宛などをつけてくるものではある。しかし今自分が対峙している男は
防具の1つもつけていない。服の膨らみ具合から見ても中に何かを着込んでいる様子も見受けられない。
(だが油断は禁物……か)
それでも、丸腰の相手に武器を向けるのは気がひける。
「武器は要らないのか?」
そんな考えからセバクターはそう尋ねたが、男はきょとんとした顔をする。
「え? 貸してくれるの?」
「……それは出来ないが」
「じゃあ聞くなよな」
男の言い方にセバクターは若干内心でムッとしたが表情には出さずに続ける。
「素手でここまで来たのは凄い。だが俺はそうは行かない」
そんなセバクターのセリフに男は薄ら笑いを浮かべる。
「じゃ、こっちも何か手を考えないとな」
そのやり取りが交わされ、審判の合図で両者が構える。
ちなみに戦いがスタートするまで武器を抜いてはいけない決まりなのだ。
セバクターは今までの男の戦い方を1回戦から全て見て来ている。
(この男は武器を相手が抜く前に先手必勝で何時も決めてくる。だったら俺は……)
開始の合図が出されると共に、セバクターは一歩後ろに飛びのいてから武器を抜く。
それを見た男は一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐさま今までの戦いと同じ様に自分に歩み寄ってくる。
(そっちから来るなら!)
こっちも迎え撃つまで、とばかりにセバクターは遠慮無しにロングソードを振るう。
「うおう! くっ!」
男はそれをギリギリで避け続けるが、何だか様子がおかしい。避けながらも何か変な動きをしている。
その様子の違いを察したセバクターは一旦攻撃を止めて距離を置こうとしたが、次の瞬間男は
セバクターの攻撃をかわしながら一気に上着を脱いでセバクターの両足を掬い上げた。
「っ!?」
背中から地面に叩きつけられるセバクターではあったがすぐさま転がって立ち上がる。
だが男はそんなセバクターのロングソードが再び振るわれる前にぴったり接近し、
セバクターの右手首を左手で掴んで武器を振るえない様にしてから顔面目掛けて右ハイキック。
そのキックから左手を離し、左回りに回転して左の肘をセバクターの顔面へ。
続け様に強烈な右肘をセバクターの脳天へ3回叩き下ろし、セバクターがよろめきながら怯んだ所で
男は彼の足を踏み台にして上へと小さくジャンプし、重力の勢いを利用して両肘をセバクターの頭へと叩き落とした。
「ぐはっ……!!」
何度も何度も頭部に肘を食らい、流石のセバクターもフラフラになってしまう。
それを見た男は一気に勝負を決めるべく、ジャンプしながら身体を捻って回転させ勢いをつけてから
全力の右のキックをセバクターの胸へとクリーンヒットさせる。
「ごふっ……」
胸当てをつけているとは言えかなりの衝撃を食らい、この瞬間は試合続行不可能。
騎士団長がこの瞬間、武器も持っていない人間に敗北してしまうと言う大番狂わせが巻き起こった。
しかしその男は表彰式には現れなかった。何でも係員に「トイレに行って来る」と言い残したのを
最後にそのまま戻って来なかったらしく、結局優勝者が不在のままで表彰式が行われた。
それにプラスして男はトイレの何処にも見当たらず、優勝には興味が無いのだろうと言う形になった。
……のだが、セバクターは頭の片隅で何か引っかかりを感じていた。
(優勝には興味が無いなら、俺を倒すまでの事はしないと思うが……)
そんな事を考えていたが結局埒があかないので、その引っ掛かりを抱えたままセバクターは城へと戻った。
武術大会が終われば季節は一気に秋から冬へと向かう。なので城でも冬支度の準備が始められていた。
そんな冬支度の準備をある程度済ませたセバクターは、武術大会で負けた事もあって鬱憤晴らしもかねて
夜の城下町で遅くなってしまったが夕食を摂る事にする。
(魚料理にでもするか)
スタミナをつけるには肉料理が一番良いのだが、何だかそんな気分にセバクターはなれなかった。
が、このチョイスがセバクターのこの後の展開を大きく左右する事になる!!
魚料理をメインに扱っている食堂はメインストリートから少し外れた所にある裏通りだったのだが、
そこに入ろうとした途端に早足で人影が1つ飛び出して来た。
「おうっ!?」
「っ!?」
お互いギリギリで避けて事無きを得たが、セバクターとばっちり目が合ってしまったその人影の正体は……。
「あっ!?」
「あんたは……」
しかし男はそのまま止まらずに歩き去って行こうとするので、セバクターは待ったとばかりに声をかけた。
「何だよ、俺は急ぐんだ!」
「そうは行かない。何故表彰式に来なかった?」
「ああ、俺はあの時も急いでた。あの後待ち合わせの予定があったんだよなー」
そう言う男のセリフに対して、ふとセバクターはこう聞いてみた。
「……この後もか?」
「いや、これから宿に戻る。余り遅くなるとまずいだろ」
「……分かった、行け」
セバクターは走り去って行く男の後ろ姿を目で追いながら踵を返した。
孝司は宿へは戻らない。それよりもこの世界そのものとおさらばする時がやって来たと言う実感を感じながら
昼間に自分が抜け出した闘技場へとやって来ていた。
今は警備の兵士どころか人影の1つも無く、水を打った様に静まり返っている。
夜中だから当然か、と孝司は思いながらも闘技場の裏手に回って2メートル程の壁をよじ登り、そこから裏口の扉を蹴り破る。
「……でやあっ!」
掛け声と共に蹴り破った扉の奥へと進み、自分がトーナメントを勝ちあがって行った
闘技場の舞台までやって来た。
(確か、あの時見つけた入り口は……あっちか!)
本当の目的は武術大会に参加することでは無く、この闘技場に隠されている秘密に関しての情報収集が目的だった。
孝司が捜し求めている入り口の奥には、重大な秘密が隠されているのだ。
その秘密に今から触れに行く為に、舞台から降りようと孝司が1歩踏み出した……その瞬間!
「どこへ行く」
突然視界の外から聞こえて来た声にハッとした孝司がその声の方向を見ると、そこにはすでに
腰のロングソードの柄に右手をかけて臨戦態勢に入っているセバクターの姿があった。
「……やっぱり追ってきたのか」
何となく尾行されているかもしれないと思っていた孝司は、首を縦に振って確認する。
「どこへ行くと、聞いている!」
その確認に怒声で答えたセバクターだったが、こんな一言で孝司は返す。
「答える訳無いだろーが。それにあんたには関係無いし」
「俺は騎士団長だから大有りだ。怪しい者は捕らえる。一緒に城まで来てもらう」
「やだね」
「なら実力行使だ」
真顔で拒絶した孝司に、セバクターはそう言ってロングソードを抜こうとした。
だが孝司はセバクターの後ろに向かって声をかける。
「おい、みんな来てくれ!!」
「!?」
みんなと言う単語に、仲間が居たのかとセバクターは孝司の視線の先に気をそらしてしまう。
しかしそれが孝司の作戦であり、セバクターにとっての命取りだった。
何も変化が無い事に気がついたセバクターが孝司の方に視線を戻した瞬間、目に入ったのは茶色い孝司のズボン。
「ごっ!?」
間髪入れずに物凄い衝撃がセバクターの上半身から顔面を襲う。
セバクターが視線をそらした瞬間に孝司は走り出し、助走をつけたジャンプから空中で身体を上下逆に捻って
そのままセバクターに逆さ飛び込み膝蹴りを繰り出したのである。
「うぐぅ……」
全く反応する事が出来ずに苦しみながら悶えるセバクターを尻目に、孝司はその入り口に向かって駆け出した。
入り口の扉を開け、現れた階段を下へと駆け下りる孝司。
そうして階段を下まで走り切り、体感的にはどうやら地下1階まで降りた様だ。
そのまま続いて現れた扉もさっきと同じ様に思いっきり蹴り破り、現れた通路の奥へと突き進む。
奥へと言っても100メートル位しか無い通路の先には、目測で大体畳40畳分位の広さの広場が。
そしてその突き当たりの壁には孝司が探し求めていた、大きな緑の石がはめ込まれていた。
「あれだ……」
そんな声を出しつつ孝司はその緑の石に向かって歩き出したのだったが、その瞬間背後から
物凄く嫌な気配がしたので咄嗟に横っ飛びをして地面を転がる。
そんな孝司のすぐ上を、1本のロングソードが飛んで行って壁に突き刺さった。
「てめぇ、しつっけーぞ!!」
「ならば俺と一緒に城へ来るんだな」
回復して自分を追って来て、自分が孝司に投げたロングソードを壁から引き抜きつつ殺気だった声で
そう言うセバクターを孝司は見ながらムエタイの構えを取る。
「大会のリベンジって奴なら、幾らでも受けて立ってやらぁ!!」
「面白い。が……今度はルール無用だ!」
正真正銘、孝司にとってのラストバトルが始まった。
しかし今度はルール無用と言うセバクターはその言葉通り孝司の股間を狙ったり、ロングソードを
地面に突き立ててそれを軸にして棒高跳びの様に飛び蹴りを仕掛けて来る等の攻撃で孝司を翻弄する。
「っ! うわ!」
そんなトリッキーな戦法に対して孝司はまたもや上着を脱いでブロックしようかと思ったが、
帝国騎士団長は2度とそうはさせなかった。
「無駄だ」
上着をセバクターの右腕に被せて来た孝司に対してそう小さく呟いたセバクターは、逆にその上着を
むんずと左手で鷲づかみにして上着ごと孝司の腕を力任せに引っ張る。
「うおう!?」
思いっ切り引っ張られた孝司はバランスを少し崩してしまい、前のめりになった所にセバクターの右膝蹴りをみぞおちに食らう。
「ぐふ!」
そのまま間髪入れずにセバクターは左手で孝司の髪を掴んで引っ張り上げ、ロングソードの柄の部分で鈍い音をさせてぶん殴った。
「がへっ!?」
更に続けて左の回し蹴りをセバクターは孝司の頭にクリーンヒットさせて、大会の時に肘で何度も殴られたお返しが決まった。
「ぐぅ、あっ……」
「大人しくしておけっ!」
頭を抑えて苦しむ孝司をうつぶせにひっくり返し、そのまま床に背中から押し付けて
懐から手錠を取り出し孝司の手首にはめようとする。
……が。
「ふんぐ!」
頭の痛みを抑え、ありったけの力でその拘束を仰向けの姿勢になりながら解きつつ
倒れ込んだ状態からセバクターの脇腹にキックする。
「くっ!?」
鎧を着ているので大したダメージでは無いが、それでも若干よろけてしまい
その間に孝司は体勢を立て直して立ち上がりかける。
「ちっ!」
小さく舌打ちをしつつ、孝司が完全に体勢を立て直して襲い掛かって来る前に
もう1度地面に押さえ込みたいセバクターは孝司の腹に右のミドルキック!!
……をしたのだが。
孝司はその右キックを繰り出した右足を両手でキャッチして、足首を捻り上げた。
「うおあああっ!?」
そのまま孝司は自分の方に思いっ切りセバクターを引っ張る。
するとセバクターが自分の方に向かって飛ぶので、素早く両手を離して
飛んで来る彼に目掛けて腹にジャンプしながら膝蹴りを入れる。
「ぐふぉ……」
丁度みぞおちにその膝蹴りが入る事になってしまったセバクターは上手く息が出来ずに悶え苦しむ。
だがそれでも何とか立ち上がったセバクターの目に飛びこんで来た物は、こちらに向かって
スピンジャンプしながら飛び込んで来る孝司の姿。
そして次の瞬間、そのスピンジャンプで勢いを付けた右のエルボーがセバクターの脳天に直撃して
彼はそのまま意識をブラックアウトさせた。
目を覚ますともう孝司の姿は何処にも無かったばかりかあの緑の石も何処にも無く、自分だけが地下の部屋に倒れていた。
(何だったんだ、あいつは……!?)
夢だったのかと思ったが、頭のズキズキとした痛みが夢でも何でも無い事を嫌がおうにも感じさせる。
何とか立ち上がったセバクターは傍らに落ちていた自分のロングソードを拾って鞘に戻し、地上へと向かって歩き出した。
地上ではすでに日が昇っており、どうやら自分は結構な時間気絶してしまっていたらしいと太陽の光に教えられる。
(……とにかく、皇帝に報告しなければ)
だがその後、セバクターは騎士団を率いて国内の至る所を探し回ってみたが、孝司の行方は全く掴めなかったと言う。
完