A Solitary Battle Another World Fight Stories 7th stage第52話


(あいつが手を回したのか?)

そうに違い無い可能性は恐らく高いとアルジェントは階段を下りながら考える。

あの秘密の階段から続く部屋であの資料をアルジェントが盗み出した、とラニサヴが考え付くのは

簡単な事だしそれを知って足止め部隊に声を掛けるのなんて造作も無い事だろう。

声を掛けるのに使ったのは恐らく魔術。

だが魔術がどうやって利用されて足止め部隊を動かしているのかなんて、魔術の知識を学ぶ気は

無いアルジェントには知る由も無い。

けど、それでもラニサヴが今路地裏でそしてこの建物の屋上で戦っていた人間達を動かしたと考えるのが

1番アルジェントにはしっくり来た。

(そうなると、俺があのラニサヴの計画を知ってしまった事にあいつ自身はとっくに気付いてる筈だ。

そして俺を決死の覚悟で足止めしようとして来るだろうな)

階段の下まで下り切ったアルジェントは、さっき投げ落とした男がすでに息耐えているのを横目でチラリと見ながら駆け出した。

――もう、迷っている暇は無い。


(先鋒がぶつかり合っていてもおかしくない頃か)

自分が極秘裏に色々な人間と協力して創り上げて来た、様々な合成獣達の入っている培養タンクを

目の前にして公国騎士団長は歩く。

培養タンクの前では少数精鋭でかき集めた野盗達、傭兵達、魔術師達、そして最後に自分の志を信じて

着いて来てくれた騎士団員達が手に紙の資料を持って各々の作業を進める為にウロウロしている。

自分の執務室から続くあの階段の奥の、あの部屋に設置された魔法陣からこの開発施設までは一瞬でやって来る事が出来る。

城に戻らなければならない時が来ればすぐに戻る事が出来る。

探しに行くと言ったのは嘘。あのアルジェントとか言う魔力を持たない不思議な男は自分があの部屋に置いてあった

資料に目を通しており、そしてこの開発施設目指してやって来る筈だ。


同じ軍人だからこそ、そして今までの彼の言動を見る限りでは直情的な人間らしいのでこの計画を止める為に

行動しても不思議では無い。

(そうだとしたら、わざわざ他国の為に命を掛けるなんて……)

どうせ、待っているのは「死」なのに。

あの魔力を持たない男に対して、色々と自分が食事だったり寝床だったり移動手段だったりを提供したからであろうか。

その恩を返す為に、命の恩人を手に掛けてまでこの計画を止めようとしているのだろうか?

恩を返す為に恩人を手に掛けると言う、その矛盾している様な行動をしようとしているのかも知れないあの男の事を

考えつつラニサヴは一通り見て回って異常が無い事を確認。

少数精鋭、30人かそこら位しかここには居ないだろうがそれでも各方面の実力者ばかりを集めた事に変わりは無い。


(それに……)

それに、まだ自分には切り札がある。

最後の切り札を使うのはあの男がもしここまでやって来る様な事があればの話だ、と考えつつラニサヴは魔法陣へと向かって歩く。

ここへ向かって来るであろうあの男の為に、何重にも迎撃用の人員を配置しているのだ。

ラニサヴが騎士団の任務を通して知り合った、裏の世界で活躍する実力者ばかりをそちらのチームに配備してある。

あの男がどれだけの実力かは知らないが、武器も使えない上に魔力も無い様な悪い意味での特殊な人間が

大勢相手に戦って切り抜けられるかと言えば答えは「NO」であった。

(転送陣があの男には利用不可だとしたら公都からここまで来るのは歩けば10時間位、馬車を使っても5時間は掛かるだろうな)

それだけの時間があれば、まだ第1弾も完成出来ていないキメラをようやくこの世界に生み出す事が出来る。

(せいぜい足掻いてみるんだな、英雄気取りの異世界のバカな男よ)


騎士団長曰く「英雄気取りの異世界のバカな男」は、その頃路地を抜けてメインストリートのパレードを回避して

馬車を探し当てていた。

公都からは無料で町や村まで決められたルートの乗り合い馬車が出ているので、それに乗ってアルジェントは自分が

最終的に向かう場所の近くを通るであろう馬車に乗り込む。

(ふぅ……少し休憩出来そうだぜ)

馬車のドアが閉まってガタゴトと動き出した事で精神的にも肉体的にも余裕が出来たアルジェントは、

しばしの休息を摂る為にくつろぐ。

不幸中の幸いと言うか、今の所この乗り合い馬車にはアルジェントだけしか乗客が居ない状態である。

(くっそー、武器が使えないって言うのは想像以上にきついもんだぜ)


この世界に来てから先に気が付く事が出来て良かったと言えば良かったが、結果的に言えばやっぱり悪かった

あの謎の現象による武器の使用不可と言う現実。

それから防具も全く使用出来ないとなれば、身を守れる物が大分限られて来ると言う事になる。

(俺、必然的に素手で戦うしか無いんじゃねえかよ!!)

それかもしくは身の回りの物を武器にする事で戦うしか無い。

しかも魔力が無いので魔術を使う事も出来ないだろうと以前検査の時に聞かされた記憶がある。

魔術が自分に効果が無いのは分かったが、利点と言えばそれだけで後はウィークポイントしか無い事に

アルジェントは溜め息を吐いた。


A Solitary Battle Another World Fight Stories 7th stage第53話へ

HPGサイドへ戻る